阪急沿線七福神を巡る旅!第三弾「恵比寿」を祀る『呉服神社』
ゴールデンウィーク始まりましたよね~、私はお仕事でした(ToT)
皆さんは、楽しいゴールデンウィークお過ごしですか~?
私、明日もお仕事です~~~涙。
さて今日の西国阪急沿線七福神巡りは「恵比寿」を祀る『呉服神社(くれはじんじゃ)』を御紹介します。
其では、『市郎右衛門』の日本歴史ブログをお楽しみくださいね。



【仁徳天皇は分かるけど織姫・呉服媛って誰?】
呉の国から渡来し、日本に機織技術を伝えたとされる織姫・呉服媛(くれはとりのひめ)と、仁徳天皇を祀っています。
応神天皇の時代、機織・縫製技術を得るために呉の国に派遣された猪名津彦命が、呉王に乞い連れ帰った呉服媛(くれはとりのひめ)・穴織媛(あやはとりのひめ)・兄媛(えひめ)・弟媛(おとひめ)の4姉妹のうち、池田の地に迎えられた呉服・穴織姉妹の姉、呉服媛が祀られています。
猪名の港、現在の猪名川に架かる呉服橋と絹延橋の中間地点・唐船ケ渕に機殿(はたどの)を建て、呉服媛を迎えます。
「呉服媛」の他に、「呉織媛」などと表記されることもあるようです。
呉の国の「くれ」と、機織(はたおり)が「はとり」と変化し、「くれはとり」となったとされ、呉服(ごふく)の語源にもなっています。
猪名川に架かる呉服橋、池田市の呉服町、芝居小屋の呉服座(愛知県の明治村に移築)等、様々な名称の由来にもなっています。
穴織媛が祀られ、五月山山麓にある伊居太神社が「上の宮」とされるのに対し、呉服神社は「下の宮」とされ、互いの関係はとても深いようです(姉妹ですから(;^_^A)。
仁徳天皇76年に呉服媛が死去し、その翌年に仁徳天皇がこの地に建てたとされる歴史ある神社ですね。
織田信長の近畿制圧によって燃えてしまいましたが、豊臣秀頼によって再建され、現在の拝殿は昭和44年(1969年)に建てられた物だそうです。
【えびす神って色々あるような気がするけど教えて?】
ここからが本題、えびすは日本の神で、現在では七福神の一員として日本古来唯一(その他はインドや中国由来)の「福の神」です。
古くから漁業の神でもあり、後に留守神、さらには商いの神ともされていますね、さてこの『恵比寿神』ですが、えびす神には色々な書き方が有ります。
夷・戎・胡・蛭子・蝦夷・恵比須・恵比寿・恵美須などとも表記し、えびっさん・えべっさん・おべっさんなどとも呼称されていますね。
以前に私がご紹介した「開門神事」で有名な『西宮神社』は、えびす様をおまつりする神社の総本社といわれています。
こちら西宮神社のえびす神は天照大御神と兄弟神といわれているので、伊邪那岐神と伊邪那美神の最初の最初の子供「蛭子神」だと思われます。
また島根県松江市の美保神社は、事代主神系えびす社3千余社の総本社であると自称しています。
こちらは、国譲り(記紀)神話の大国主の子供、事代主が転じたものと考えられますね(国譲りの時釣りをしていたのでえびす神と重なったようです)。
七福神唯一の日本の神様で、狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿が一般的です(エビスビールには時々両手に鯛を抱えたエビス様がおられるの知っていました?)。
また、初春の祝福芸として、えびす人形を舞わせてみせた大道芸やその芸人のことも「恵比須(恵比須回し)」と呼んでいるそうです。
【恵比寿関連行事】
十日恵比寿(池田えびす)- 期間中は参道が車両通行止めとなり、多くの露店・参拝客でに賑わいます。
宵えびす(1月9日)
本えびす(1月10日)
残えびす(1月11日)
明治時代、現在の阪急電鉄によって周辺地域が開発され、鳥居から神社までの参道は、阪急宝塚線の高架沿い、住宅街を通る道となりました。
池田駅のすぐ側にあり、知名度も高く、初詣や祭事が行われる時期には、多くの神社仏閣がある池田市の中でも屈指の参拝客で賑わいます。
【耳より情報】
屈指の参拝客で賑わうと書いてありますが、逆に言うと初詣や祭事以外は空いています(罰当たる!)。
池田市は都会ですので、駐車場料金もばかになりませんね、今回の企画は阪急電車メインなのですが、実は私マイカーで伺いました。
神社の中まで入ると社務所の中に数台の駐車スペースがあります(是非お出かけください。)。
もう一つ、不思議な塚?が有りました。
「姫室」と書いてありましたので、呉服媛の墓?と神職の方にお聞きしますと、阪急池田駅(神社のすぐ側です。)の駐車場建設時に古墳が見つかったそうです。
現在はマンションに成っています(その前はゴルフ練習場だった?とか)。
そこで出土した銅鏡三枚がこちらの姫室に眠っている?そうです(おじい様でしたから。)。
もしかすると、呉服媛が呉国から持ち込んだ鏡かも知れません。
いつも応援、ありがとうございます(^人^)。
歴史って本当に面白いですよね~!
今後もランキングにはこだわって良い記事をUPしたいと思いますので宜しくお願い致します(^人^)
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『呉服神社』
所在地:大阪府池田市室町
主祭神:呉服大明神、仁徳天皇
創建:仁徳天皇77年
阪急沿線西国七福神は『恵比寿神』です。
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『呉服神社』
所在地:大阪府池田市室町
主祭神:呉服大明神、仁徳天皇
創建:仁徳天皇77年
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【仁徳天皇は分かるけど織姫・呉服媛って誰?】
呉の国から渡来し、日本に機織技術を伝えたとされる織姫・呉服媛(くれはとりのひめ)と、仁徳天皇を祀っています。
応神天皇の時代、機織・縫製技術を得るために呉の国に派遣された猪名津彦命が、呉王に乞い連れ帰った呉服媛(くれはとりのひめ)・穴織媛(あやはとりのひめ)・兄媛(えひめ)・弟媛(おとひめ)の4姉妹のうち、池田の地に迎えられた呉服・穴織姉妹の姉、呉服媛が祀られています。
猪名の港、現在の猪名川に架かる呉服橋と絹延橋の中間地点・唐船ケ渕に機殿(はたどの)を建て、呉服媛を迎えます。
「呉服媛」の他に、「呉織媛」などと表記されることもあるようです。
呉の国の「くれ」と、機織(はたおり)が「はとり」と変化し、「くれはとり」となったとされ、呉服(ごふく)の語源にもなっています。
猪名川に架かる呉服橋、池田市の呉服町、芝居小屋の呉服座(愛知県の明治村に移築)等、様々な名称の由来にもなっています。
穴織媛が祀られ、五月山山麓にある伊居太神社が「上の宮」とされるのに対し、呉服神社は「下の宮」とされ、互いの関係はとても深いようです(姉妹ですから(;^_^A)。
仁徳天皇76年に呉服媛が死去し、その翌年に仁徳天皇がこの地に建てたとされる歴史ある神社ですね。
織田信長の近畿制圧によって燃えてしまいましたが、豊臣秀頼によって再建され、現在の拝殿は昭和44年(1969年)に建てられた物だそうです。
【えびす神って色々あるような気がするけど教えて?】
ここからが本題、えびすは日本の神で、現在では七福神の一員として日本古来唯一(その他はインドや中国由来)の「福の神」です。
古くから漁業の神でもあり、後に留守神、さらには商いの神ともされていますね、さてこの『恵比寿神』ですが、えびす神には色々な書き方が有ります。
夷・戎・胡・蛭子・蝦夷・恵比須・恵比寿・恵美須などとも表記し、えびっさん・えべっさん・おべっさんなどとも呼称されていますね。
以前に私がご紹介した「開門神事」で有名な『西宮神社』は、えびす様をおまつりする神社の総本社といわれています。
こちら西宮神社のえびす神は天照大御神と兄弟神といわれているので、伊邪那岐神と伊邪那美神の最初の最初の子供「蛭子神」だと思われます。
また島根県松江市の美保神社は、事代主神系えびす社3千余社の総本社であると自称しています。
こちらは、国譲り(記紀)神話の大国主の子供、事代主が転じたものと考えられますね(国譲りの時釣りをしていたのでえびす神と重なったようです)。
七福神唯一の日本の神様で、狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿が一般的です(エビスビールには時々両手に鯛を抱えたエビス様がおられるの知っていました?)。
また、初春の祝福芸として、えびす人形を舞わせてみせた大道芸やその芸人のことも「恵比須(恵比須回し)」と呼んでいるそうです。
【恵比寿関連行事】
十日恵比寿(池田えびす)- 期間中は参道が車両通行止めとなり、多くの露店・参拝客でに賑わいます。
宵えびす(1月9日)
本えびす(1月10日)
残えびす(1月11日)
明治時代、現在の阪急電鉄によって周辺地域が開発され、鳥居から神社までの参道は、阪急宝塚線の高架沿い、住宅街を通る道となりました。
池田駅のすぐ側にあり、知名度も高く、初詣や祭事が行われる時期には、多くの神社仏閣がある池田市の中でも屈指の参拝客で賑わいます。
【耳より情報】
屈指の参拝客で賑わうと書いてありますが、逆に言うと初詣や祭事以外は空いています(罰当たる!)。
池田市は都会ですので、駐車場料金もばかになりませんね、今回の企画は阪急電車メインなのですが、実は私マイカーで伺いました。
神社の中まで入ると社務所の中に数台の駐車スペースがあります(是非お出かけください。)。
もう一つ、不思議な塚?が有りました。
「姫室」と書いてありましたので、呉服媛の墓?と神職の方にお聞きしますと、阪急池田駅(神社のすぐ側です。)の駐車場建設時に古墳が見つかったそうです。
現在はマンションに成っています(その前はゴルフ練習場だった?とか)。
そこで出土した銅鏡三枚がこちらの姫室に眠っている?そうです(おじい様でしたから。)。
もしかすると、呉服媛が呉国から持ち込んだ鏡かも知れません。
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コメント
No title
2017-05-04 06:35 taka :a URL 編集
Re: No title
えらく唐突なお話ですね~?
良いですよ~是非行きましょう。
インスタントラーメンの歴史も歴史には違いないからね。
2017-05-06 11:16 市朗右衛門 URL 編集