2016/03/30

出雲と伯耆の間に埋葬された、伊邪那美の墓を推定①!

天地開闢において神世七代の最後に伊邪那岐 とともに生まれた『伊邪那美』

国産み・神産みにおいて 伊邪那岐との間に日本国土を形づくる多数の子を儲けます。

その中には淡路島・本州・四国・九州等の島々の他、石・木・海(オオワタツミ・大綿津見神)・水・風・山(オオヤマツミ・大山津見神)・野・火など森羅万象の神が含まれます。

伊邪那美が、火の神であるカグツチ(軻遇突智、迦具土神)を産んだために陰部に火傷を負って亡くなると、 伊邪那岐は、カグツチを殺してしまいます(その血や死体からも神が生まれます)。

古事記では、伊邪那美 の遺体は、『 神避(かみさり)し伊邪那美命(イザナミノミコト)は、出雲国の伯伎(伯耆)の国との堺の比婆山に葬りき。 「出雲と伯伎(伯耆)の国境に有る、比婆の山に埋葬した」』と書かれています( 『日本書紀』の一書によれば紀伊の熊野の有馬村「三重県熊野市有馬の花窟神社」に葬られたと記載されています)。
女神イザナミの墓地は古事記の「比婆山説」と、日本書紀の「熊野説」に分かれることになります。

しかしながら、この古事記の比婆の山も、一般的には島根県と広島県の境の『比婆山連峰の比婆山(標高1264メートル)』と解釈されています。
ご丁寧に隣の山を、 伊邪那岐が悲しんで「おおつまよ~(ToT)」と叫んだとして我妻山と名したとしています。

しかし古事記の記述を正確に信じれば、出雲と伯耆の間にあるはずですから、その地域で比婆山若しくは、伊邪那美の御陵候補地とされている場所の内、私が訪れた場所を幾つか紹介しましょう。

先ずは、比婆山(島根県安来市伯太町横屋標高280メートル)の候補地があります。



山頂に伊邪那美を御祭神とする比婆山久米神社奥の宮があり、本殿裏に一辺10メートル程の囲いがあります。
中には小籔が密生していますが、石積みも見え、古墳の様にも見えます。

久米神社3
(カメラ持っていなかったので携帯写真でごめんなさい)
久米神社4

久米神社5

久米神社2

久米神社1
(山から下りてきた現在の久米神社です)
これから、奥の宮まで登ります。

久米神社奥の院道標
(結構距離あります。道標の上に何かいますね?)
久米神社道標のクワガタ
(伊邪那岐だけに、ミヤマクワガタのメスが出迎えてくれました)
久米神社奥の院1
(奥の宮到着しました!)
久米神社おくのいん2
(まずはお詣りを、出雲構えの狛犬さんです)
久米神社奥の院3
(右に何か見えますね。伊邪那美大神御神陵とありますね)
久米神社古墳?
(確かに小さいですが古墳のようですね)比婆山1

陰陽竹2

陰陽竹1

陰陽竹3
(本当に不思議なことがあるんですね~)

訪ねたのは、もう三年ほど前になりますが、本当に神話の世界に迷い込んだ気分になった記憶が、ブログを書いているうちに甦りました。

今、書斎のドアがノックされ妻が顔を見せました。
「結婚記念日だね!」の言葉に現実に引き戻されました。
忘れとったがな~(爆m(__)m)

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コメント

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No title

こんにちは。いつもお世話になっております。
熊野の産田神社と花の窟神社は海辺ですし、古事記と日本書紀の違いは面白いなと思います。
「おおつまよ~(ToT)」に吹き出してしまいましたが、これは市良右衛門様の叫びだったんですねー。
結婚記念日、おめでとうございます♪

Re: No title

つねまるさんコメントありがとうございました。

> こんにちは。いつもお世話になっております。
> 熊野の産田神社と花の窟神社は海辺ですし、古事記と日本書紀の違いは面白いなと思います。

私は古事記派?なので出雲に年に二回ほどは出かけることにしています。
本当は、熊野にも行きたいのですが…
縄文海進も考えると、海人族の交通網ははかなり内陸まで来ていたと思います。

> 「おおつまよ~(ToT)」に吹き出してしまいましたが、これは市良右衛門様の叫びだったんですねー。
> 結婚記念日、おめでとうございます♪

ありがとうございました(笑)。
偶然にも落語の落ちのようになってしまいました。