2016/03/06

J.F.ケネディも尊敬した日本の政治家『上杉鷹山』

『漆の実のみのる国』を紹介します。

まずその前に、J・F・ケネディご存知ですよね、アメリカ35代大統領です。JFKと短縮記憶していませんか?ジョン・フィッツジェラルド・ケネディが本名なんですよ、知っておられましたでしょうか?。

1961年、第35代米国大統領に就任したJ・F・ケネデ ィは、日本人記者団からこんな質問を受けました。「あなたが、日本で最も尊敬する政治家はだれですか?」

ケネディはこう答えました。「上杉鷹山(ようざん)です。」記者の誰もが「上杉鷹山」を知らなかったといわれています(そんなわけ無いだろうとも思いますが)。

この話が、「言った」「言わない」で、都市伝説の様になっていましたが、2013年11月、娘のキャロライン・ケネディ駐日大使が、「父が、米沢藩の名君上杉鷹山を尊敬していて、あの有名な就任演説、国が人民になにができるかではなく、貴方が国家に対してなにができるか考えてほしい!のスピーチ作成に影響を与えました。」と発言して、都市伝説に終止符が打たれました!。

『上杉鷹山』と言えば 「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」
(どんなことでも強い意志を持ってやれば必ず成就する)
の名言で有名ですよね。

本書「漆の実のみのる国」は、財政に窮乏し、風紀は乱れ、亡国の危機にある米沢藩(江戸時代は藩という呼び方は無く、出羽米沢上杉領等と、言っていた筈ですが、上のキャロライン駐日大使のスピーチと、本書中で米沢藩と使われているのでそれに倣います)を再興するべく、上杉治憲(鷹山)と重臣たちの苦闘を描いた藤沢修平の絶筆となった歴史小説です。

藤沢周平といえば、映画なら山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」「武士の一分」が有名ですよね(三本共によい映画でした)。


しかしここでは、本で是非読んで頂きたいと思います。

漆の実のみのる国

【あらすじ】
江戸時代中期、上杉重定の治世。
米沢藩は貧窮し、藩政は重定の寵臣森平右衛門の独裁状態に有りました。
江戸家老竹俣当綱は森を暗殺しますが、重定は悪政を続けます。

その後、治憲(後の鷹山)が藩主となり、竹俣らを重用した大改革を始め、七家騒動、天明の飢饉などを経ながら藩財政を再建していくお話です。

内容については、史実部分は、正確なので堅苦しく感じられますが、対照的に、財政難との苦闘を描いた物語部分は、いつもの藤沢修平らしく柔らかで、この二つが明確に分かれた構成は読みやすかったです。

この精緻な史実と苦闘の物語は、この頃の米沢藩が置かれている非常に厳しい状況を目の当たりにさせられますが、暗さは感じられず、充分に魅力的な作品でした。

【内容についてもう少し詳しくお話しましょう】
物語は、日向高鍋藩から、米沢第八代藩主・重定の養子にきた直丸(上杉治憲)十二歳の頃から始まります。

この頃の米沢藩は、過去の減封(上杉謙信時代最大、250万石有ったといわれた国高は、上杉景勝の会津転封で120万石に、関ヶ原後米沢転封で30万石に、その後米沢藩3代綱勝が子供の無いまま急死、綱勝の妹富子と高家の吉良義央との間に生まれていた当時2歳の綱憲を末期養子としたことで15万石へと減封されます。)や藩主の奢侈によって、財政はすでに窮迫し、家中や領民への過酷な税の取り立ては、士風の乱れを招き、農村も荒廃していました。

これ等財政難の原因を、藩主・重定の奢侈と、寵臣・森利真の驕奢にあると考えた、竹俣当綱ら四重臣は、森の誅殺、および藩主隠退に成功します。

藩世子素読師範を勤める藁科松柏が、その明敏さと仁慈を見出していた直丸は、十七歳で家督を継いで、治憲と名乗ります。

新藩主となった治憲は、早々に大倹令と呼ばれる、普段着や食事の量までも規定する経費削減策を打ち出します。

しかし家中の謙信公を祖とする大国の格式、体面が顔を出し、保守派の抵抗は厳しく、隠退した前藩主・重定の協力によって、ようやく大倹令は執行されます。

しかし上杉家中に根を張る『大国意識』という病魔は、改革を阻む要因として、それからも大きく横たわることになります。

それ以後、保守派の重臣による家老竹俣当綱や近習・莅戸(のぞき)善政ら改革派排除を訴えた七家騒動、竹俣当綱を中心とした三木(漆、桑木、楮)各百万本植立てによる収入倍増計画の失敗、志賀祐親の財政再建失敗、更に追い討ちをかける天明の飢饉!、懸命の財政再建計画が、ことごとく失敗に終わっていく様子が描かれます(いい加減に止めてくれ~と叫んでしまいます)。

治憲が、いつまで我らを苦しめるのですか、と天を仰ぐ記述が大きく印象に残るほど、いつ明けるともしれない漆黒の闇は深く、報われない改革は、読んでいてとても辛いです。

このような財政難との苦闘ばかりで、辛いだけの物語でも、満足感や充実感が得られたのは、闇の中にも微かな光を感じられるからかもしれません。

まず享楽好みで暗愚とされた前藩主・重定の存在が有ります。

享楽に変わりないものの、隠居してからは養子である治憲を実の子のように扱う暖かさと、幾度も治憲の危機を救う力強さが描かれ、保守派重臣の抵抗の中にあって非常に頼もしい所を見せてくれます。

また商人との資本、借財交渉や収入倍増計画など前期改革を力強く推進した竹俣当綱の存在も大きい、改革への逆風が吹く中、強引に突き進んでいく人物は頼りになります。

改革は実らなかったものの、彼がいたからこそ当面の危機を乗り越え、改革の芽が育ったのでしょう。
 
そして力を入れた学問所から輩出された人材の数々本書を読むと治憲一人の英邁さだけでは、米沢藩の再興はできなかったことがよく分かります。

彼を補佐する優秀な人材がいたからこそ藩は立ち直る兆しを見せ始めます。

藩の困窮を救うはずだった漆の実とは、優秀な人材だったのではないでしょうか。

それにしても、長い辛苦の中に見える未来への光が感じられたにもかかわらず、彼らの苦闘が報われ、藩の窮乏から脱する様子が描かれていないことは残念でした(著者の病魔がそこまで来ていたのでしょう)。

物語の終わりは、三十七章、隠居から再び執政入りした莅戸善政が、藩政改革から殖産振興に至るまでを示した、十六ヶ年組立と呼ばれる改革案(寛三の改革)を治憲に提出するまでを描き、鷹山と改名した治憲が、漆の実が藩の窮乏を救うという心躍った過去を思い返すところで幕が閉じられています。

解説によると、この三十七章が原稿用紙六枚分で終わっているのは、これが著者藤沢周平最後の原稿だからだそうです。
本来なら、あと四十から六十枚の予定だったといいますから、著者は光を浴びた米沢藩を描きたかったに違いない、と解説されています。

いつも、素晴らし本に出会うと、是非家族に読んでもらいたいと思うのですが、この本は現代の政治家にも、必ず読んで頂きたいと思います。

政治活動費での支出も許可しますが如何でしょう(笑)?

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