2016/02/04

今年は『南南東』!我が家の恵方巻と節分行事!

今や全国的に広まったこの恵方巻の行事、元々は関西の一部(大阪と兵庫県の一部)で行われていた行事だと思います。

近畿ですが、兵庫県の北部但馬生まれの私は、子供の頃はまったく知りませんでしたし、確か無かったと思います。

兵庫県尼崎市の伯母の家では、行っていたのを記憶しています。

恵方巻
(海鮮巻きとローソンの恵方巻です)
全国的に広まったのは、コンビニの策略だと思います(笑)。調べてみると、『恵方巻』の名前自体がセブンイレブン(1990年)の発案でした。
節分

『節分のり巻き』の名前だけだったようです。毎年我が家でも、恵方巻(私は海鮮巻きが好きです)を買って黙って黙々と恵方にむかって食べておりますが、日本古来からの風習である、豆まきやイワシとヒイラギの魔除けの方を大切にしなければ行けないと思います。反省の材料ですね(笑)。

豆まきですが、宇多天皇(在位887~897)の時代に、鞍馬山の鬼(朝廷に、まつろわない民の総称?土蜘蛛等)が出て来て都を荒らしたので、祈祷で鬼の穴?を封さぎ、三石三升の炒り豆(大豆)で鬼の目を打ちふさぎ、災厄を逃れたという故事伝説が始まりと言われるてます。

豆は、「穀物には生命力と魔除けの呪力が備わっている」という信仰、または語呂合わせで「魔目(豆・まめ)」を鬼の目に投げつけて鬼を滅する「魔滅」に通じ、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがあります。

柊と鰯は、尖った葉に魔除け意味合いがあるようですし、鬼は生ぐささが嫌いみたいです(ニンニクか!)。

鬼といえば、鬼門を思い出しますが丑寅の方角(ですから鬼は牛の角が生えていて、虎のパンツルックなんです)ですよね。京都御所は北東が削られて、鬼に角が立たないように成ってます。知っておられましたか?

鶴岡八幡宮北東角
(京都御所の鬼門写真が見つからず、石清水八幡宮の鬼門角です。角削られてます。)

豆まきの掛け声にも地域性は有るようで、我が家の近く三田市(東京都の「みた」と混同されやすいので、「さんだクロースの町」で売り出すのだそうですf(^_^;))は、九鬼氏の城下町なので、旧市街地では、「福は~内」「鬼も~内」だそうです。成る程ね!

三田城跡
(三田小学校前にある三田城跡の石碑)

さて、我が家の子供たちが、私の書斎にも豆をまきに来てくれました。昔は普通に豆をまいていましたが、今は袋入りの豆、風情は無くなったけど、これも時代ですね。

もう立春ですか、年を重ねると早いですね。

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