2016/01/17

「古事記」の神話を巡る出雲の旅!『黄泉比良坂』

私がお薦めする『古事記』出雲神話巡りの旅を紹介します。

前出の私お薦め本、「山陰の『古事記』謎解き旅ガイド」に従って出来るだけ、紹介したいと思います(未だ旅行していない所も有りますが)。

最初の回は、黄泉の国との境、『黄泉比良坂(伊賦夜坂)』です。

黄泉比良坂1

場所ですが、あの神話の舞台が島根県東出雲町(2011年8月に松江市に合併)に実在します。

日本地図を眺めていただきたいのですが、出雲国の場所おわかりでしょうか?

昔の出雲国は、現在の出雲市とはかなりの違いがあります。
昔の出雲国はおおよそ、安来市、松江市、雲南市、太田市の一部、仁多郡の大部分、飯石郡の大部分、現在の出雲市のほとんどを含めた地域です。山陰道の伯耆の国と、石見の国との間と考えて下さい。

出雲国の中心も、出雲市の出雲大社辺りや、島根県庁の有る、松江城周辺ではありません。
意宇(おう)六社と言われる「揖夜神社」「八重垣神社」「神魂神社」「熊野大社」「六所神社」「眞名井神社」の有る意宇地域(旧意宇郡は現在の 松江市の一部、大橋川以南および大根島・江島 )です。

『出雲国風土記』によれば、「八束水臣津野命(やつかみずつぬのみこと)」が国引き(島根半島を引き寄せた)を終えた際に、国引きを意恵(「おえ」、終えるの意味)と言ったことから「意恵郡」と呼ばれて、のちに「意宇郡」と呼ぶようになったと伝えられています。

平城京時代の、国分寺跡や国府跡もこちらに在ります。

『黄泉比良坂』はそんなに意宇の東端に在ります。

Google map 黄泉比良坂(伊賦夜坂)

『古事記』の神話部では、死んで黄泉の国に行った妻を伊邪那岐が迎えに行くのですが、黄泉の国の伊邪那美は、醜く変わってしまっていて逃げ帰る場所です。

黄泉比良坂2

黄泉比良坂3

黄泉比良坂4

黄泉比良坂5
(神跡の碑がある意味すごいですね!)


別れのシーンです。「私は一日千人の人間を絞め殺しましょう。」「ならば私は千五百の産屋を立てよう。」千曳石を挟んで二人の神様の会話が哀しいですね。

黄泉比良坂千曳石
(イメージよりも小さい?)
黄泉比良坂桃1
黄泉比良坂桃2
(山桃の木神話では神になっていますね)

千曳石(イメージより小さい?)、黄泉の軍に投げつけた桃の木(「古事記」では本物の桃の実だったと思いますが植えて有ったのは、山桃の木でした)

近くに伊座那美命を祀る「揖夜神社」が有ります。もちろん、「黄泉比良坂」の別詳『伊賦夜坂』が近くに在るゆえの名前ですね。

やはり、神話に実物の舞台が在るということが凄いと思いませんか?
そんな国は世界中で、日本だけではないでしょうか!

場所の特定が事実ならば、黄泉の国は伯耆国側になります。

鳥取県米子市の弓ヶ浜半島に「夜見」の地名が有りますが、あまりにも出来すぎな気がします(笑)。

次の旅では意宇六社の一つ『揖夜神社』を紹介しましょう。

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