2018/05/26

神々を訪ねて『出雲大社・荒垣外摂社』を歩く!最後の三社の予定、「まずは二社・スクープ&祓社へ変更」vol⑦

『出雲大社・荒垣外摂社のご紹介が残り三社に成りましたが、一度にご紹介予定の変更です。 今日は二社』

前回ご紹介したFacebook友人に成って頂いている方からお知らせが届きまた。”【速報】出雲で総数250基以上の古墳群県内最大級「大草丘陵古墳群」本日現地説明会”です。とても行けないけれど、色々あがいてみたところ、快く?「いいよ~」のご返事がありました。友達様々!明日ご報告します。ポリシーのフィールドワークに反するけど、埋め戻されるとこの前の纒向遺跡みたいにただの原っぱ?となるのでお許しください。秋に必ず自分の目で確かめて再度詳細をご報告いたします。

さて次のプロローグです(プロローグに次ぎとかあるのか?笑)。PCもしくはPC版でご覧んの方はアバターが可愛く変化したことに気が付かれましたでしょうか?五十半ばのオジサンにしては可愛すぎる?私を図案化してくださったのは、ブログサークルでお友達に成って頂いている「ウル」さんです。「ウル」さんのブログは子育て情報や工作そして私に書いてくださったような素敵なイラスト満載のブログ「もちもちもっちー(*´ω`*)」です。子育ての悩みも共有できて、面白い工作やイラストで癒される、素敵なブログなので是非訪れてみてくださいね。

ウルさんにキラーパスで以来してくれたのは、もちろん親友のtaka:aさんです。こちらにもありがとう!さらに白内障の手術で皆さんのブログを一週間におよび拝見出来なかった私、こちらももう親友?皆さんもご存知のビー玉さんのブログ名が「おっちょこブログ @ ビー玉の雑記ノート」 に変わっていたのに気づきませんでした。ごめんね~!パワーUPしたビー玉さんのブログも是非ご覧ください。

CIMG2530.jpg(幸の神と記載されています。安来平濱八幡宮・武内神社の塞の神です。)

さて今回、ご紹介させて頂きます二社は、出雲大社の東すぐですが弥山の山裾⑧出雲井社(いずもいのやしろ)・岐神(ふなどのかみ)を祀る。(出雲市大社町修理免)と、国道431と高浜川を挟んだ、④大穴持御子玉江神社(乙見社、おとみのやしろ)・式内社。子の下照比賣命を祀る。(出雲市大社町修理免字向地920)です。 さあ、出雲大社に戻って荒垣外摂社をご紹介しましょう。

それでは、『市郎右衛門』の歴史ブログをお楽しみ?くださいね(人´ω`*).☆.。
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【今回ご紹介するのは、④大穴持御子玉江神社(乙見社、おとみのやしろ)と⑧出雲井社(いずもいのやしろ)・★がマークされているのは紹介済】

①★神魂伊能知奴志神社(命主社、いのちぬしのやしろ)・式内社。神産巣日神を祀る。(出雲市大社町杵築東182)

②★阿須伎神社(阿式社、あじきのやしろ)・式内社。大国主の神子の阿遅鉏高日子根神を祀る。(出雲市大社町遥堪1473)

③★大穴持御子神社(三歳社、みとせのやしろ)・式内社。子の事代主神・高比賣命(古事記では下照比賣命)と素戔嗚尊の孫の御年神を祀る。(出雲市大社町杵築東)

④★大穴持御子玉江神社(乙見社、おとみのやしろ)・式内社。子の下照比賣命を祀る。(出雲市大社町修理免字向地920)

⑤★大穴持伊那西波岐神社(いなせはぎのかみのやしろ)・式内社。天穂日命の子で、国譲りの際に事代主のもとに使者として向かった稻背脛命(いなせはぎのみこと)を主祭神とし、白兔神を配祀する。(出雲市大社町鷺浦102)

⑥★上宮(かみのみや)・素戔嗚尊・八百萬神を祀る。神在祭の際、神々の会議所となる。(出雲市大社町杵築北)

⑦★下宮(しものみや)・天照大御神を祀る。(出雲市大社町杵築北)

⑧★出雲井社(いずもいのやしろ)・岐神(ふなどのかみ)を祀る。(出雲市大社町修理免)

⑨★因佐神社(いなさのかみのやしろ)・建御雷神を祀る。(出雲市大社町杵築3008)

⑩★湊社(みなとのやしろ)・櫛八玉神を祀る。(出雲市大社町中荒木)

⑪★大歳社(おおとしのやしろ)・素戔嗚尊の子の大歳神を祀る。(出雲市大社町杵築北)

⑫祓社(はらいのやしろ)・祓戸四柱神を祀る。参道大鳥居の東側にあり参拝者が前もって身心を祓い清める社。(出雲市大社町杵築東195)

⑬★野見宿禰神社(のみのすくねじんじゃ)・参道大鳥居の西側、神苑相撲場の北西にあり相撲の始祖野見宿禰命(第13代出雲國造 襲髄命(かねすねのみこと)を祀る。

【最初にご紹介するのは、④大穴持御子玉江神社(乙見社、おとみのやしろ)・式内社です。】



P5041532.jpg(東から向かうと国道431を左、高浜川を渡ってすぐです。)
P5041549.jpg
(正面から、小さいながらも綺麗な社です。)
P5041541.jpg(説明版もぴかぴかです。)
P5041552.jpg(ン?屋根が変!枕木が縦削りで鰹木が三本、男神様仕様ですね?)

通称は”乙見社”と呼ばれています。祭神は「下照比賣命」ですね、前回”三歳社”でも「高比賣命」として祀られていました。いつもながら神様の名前は難しくて覚えきれません。『古事記』では、高比売命(たかひめのみこと)の亦の名が、下光比売命・下照比売命(したてるひめのみこと)。『日本書紀』では、下照姫。亦の名は高姫、稚国玉。『先代旧事本紀』地神本紀では、下照姫命と成っています。

前出の高比賣命(古事記では下照比賣命)は出雲大社ホームページからの情報で、直上出はWikipediaです(;^_^A。まあしょうがないですね。ひらがなで覚えておいてください。前回もご紹介しましたお話、『古事記』では、大国主神と多紀理毘売命の娘で、阿遅鉏高日子根神(アヂスキタカヒコネ)の妹と紹介されています。『日本書紀』では、顕国玉(大国主)の娘とだけ。『先代旧事本紀』地神本紀では、大巳貴神(大国主)と田心姫命(多紀理毘売命)の娘で、味金且高彦根神の同母妹と紹介されています。

母のタキリビメ(タギリヒメとも)は、日本神話に登場する宗像三女神の一柱ですね。宗像大社では「田心姫神」として、沖ノ島にある沖津宮に祀られています(2017年世界遺産登録)。天照大神と素戔嗚尊の誓約により誕生した「宗像三女神」の一柱で『古事記』では多紀理毘売命、『日本書紀』では田心姫(たごりひめ)・田霧姫と表記されます。別名奥津島比売命(おきつしまひめ)とも呼ばれますが、『日本書紀』第三の一書では市杵嶋姫(市寸島比売・いちきしまひめ)の別名とされています。

神名の「タキリ」は海上の霧(きり)のこととも、「滾(たぎ)り」(水が激しく流れる)の意で天の安河の早瀬のこととも解釈されます。日本書紀の「タゴリ」は「タギリ」が転じたものと考えらています。大国主と多紀理毘売命の結婚は出雲王国が日本海上交通を手中にした証と考えています。神話では海を任された須佐之男の娘が海の神として祀られています。その須佐之男から大国主の名前を名乗る許可をもらった葦原醜男(大国主・出雲国王)が日本海上交通権利も譲り受けたと考えてはどうでしょう。

【次にご紹介するのは⑧出雲井社(いずもいのやしろ)・岐神(ふなどのかみ)を祀る。(出雲市大社町修理免)です。】



P5041511.jpg(弥山の山裾に鎮座!)
P5041525.jpg(出雲は立て札も丁寧でうれしい、けど見つけにくい場所、普通乗用車は無理かもしれません。)
P5041521.jpg(出雲大社を結界で守っているのかもしれませんね。)

出雲井社(いずもいのやしろ)は出雲市大社町修理免にあります。岐神(ふなどのかみ)が祀られています。岐神?あまり聞いたことないですよね~?岐の神(クナド、くなど又はくなとのかみ)、と読みます。古来より牛馬守護の神、豊穣の神としてはもとより、禊、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されています。 日本の民間信仰において、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落(集落)に入るのを防ぐとされています(結界神ですね)。また、久那土はくなぐ、即ち交合・婚姻を意味するものという説もあるようです。

「くなど」は「来な処」すなわち「きてはならない所」の意味です。もとは、道の分岐点、峠、あるいは村境などで、外からの外敵や悪霊の侵入をふせぐ神の様です。東北に滞在していました30年ほど前には集落の教会に人型を形どった藁人形がありましたが、あれ岐神を祀っていたのかもしれません。

道祖神の原型の一つとされ。読みをふなと又はふなどのかみともされるのは、「フ」の音が「ク」の音と互いに転じやすいためとする説がある様です。以下のように、意味から転じた読みが多い。岐(ちまた、巷、衢とも書きます)または辻(つじ)におわすとの意味で、巷の神(ちまたのかみ)または辻の神(つじのかみ)、峠の神、みちのかみとも言われるようです。また、障害や災難から村人を防ぐとの意味で、さえ又はさいのかみ(障の神、塞の神)、さらに「塞ぐ」の意味から転じて幸の神、生殖の神、縁結びの神、手向けの神の意味を併せるところもあります。以前単身赴任していた米子市は塞の神が多く祀られている場所で、米子市と合併した淀江町内だけで60体以上の塞の神がありました。これらの塞の神は自然石に男女の像が彫刻されていることから、特に縁結びの神として信仰されています。

神話では、『古事記』の神産みの段において、黄泉から帰還した伊邪那岐が禊をする際、脱ぎ捨てた褌から道俣神(ちまたのかみ)が化生しています。この神は、『日本書紀』や『古語拾遺』では猿田彦と同神と考えられています。また、『古事記伝』では『延喜式』「道饗祭祝詞(みちあえのまつりのりと)」の八衢比古(やちまたひこ)、八衢比売(やちまたひめ)と同神であるとされています。

道饗祭(みちあえのまつり、ちあえのまつり)とは、神道祭祀の一つです。上代(おおむかし・上古)から毎年6月と12月の2回、都の四隅道上で、八衢比古神(やちまたひこのかみ)、八衢比売神(やちまたひめのかみ)、久那斗神(くなどのかみ)の3柱を祀り、都や宮城の中に災いをもたらす鬼魅や妖怪が入らぬよう防ぎ、守護を祈願する神事、および神社の祭を行います。四隅を三人で?と思われるかもしれませんが、この四隅は四辻の意味で道路交差点(道がつながる場所、1つの通りまたは路が別のものと交差する合流点。)を意味しています。

「日本書紀」では、黄泉津平坂(よもつひらさか)で、伊弉諾が黄泉国より逃げ帰るとき、「くな=来るなかれ」と、投げた杖が「岐神」となったとされています。「古事記」では、最初に投げた杖から化生した神を衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)としているようです。

治安が安定してくる平安後期以降は、往来に置かれた道祖神は道標(みちしるべ)としての役割を持つようになります。仏教の説く六道輪廻の概念から生じた末法思想を背景に、六道に迷った衆生を救う地蔵菩薩信仰が民間で盛んとなり六地蔵が置かれるようになって行きます。六道(ろくどう、りくどう)とは、仏教において、衆生がその業の結果として輪廻転生する六種の世界(あるいは境涯)のことです。 六趣、六界ともいわれ。 六道には次の分類があります。 天道、人間道、修羅道を三善趣(三善道)といい、畜生道、餓鬼道、地獄道を三悪趣(三悪道)と呼びます。

CIMG2630.jpg(米子市淀江、天神垣神社の塞ノ神、素朴です。こちら本州で唯一の石馬があります。九州北半に集中し福岡の岩戸山古墳等が有名なのですが?)

【最後に一言】


さて今日の一言はどうにもまとまりそうにありません。私は神官でもなければ、僧侶でもないからです(;^_^A。信仰というのは本当に奥が深いものですね~。まだまだ勉強が足りないようです。我が家の仏教宗派は「日蓮宗」です。仏教には勿論神様はいません。仏教は、キリストがキリスト教を始めたのでは無いのと同じように、シャカが仏教を創ったわけではありません。キリストはちょっと変わったユダヤ教徒だったでしょうし、シャカもちょっと変わったバラモン教徒だったに過ぎません。ン?またやらかしましたか?私は仏教はある意味、宗教では無いかもしれないと考えています。他の宗教は神の元へ行くために善行を行う事が義務付けられています。しかし仏教は自分自身が仏陀(悟りの最高の位「仏の悟り」を開いた人を指す)に成るためにどう生きるかが問われます。つまり自分自身と人生論を戦わせる学問だと、私は勝手に考えています。)。

一日、今日の自分はベストに生きられたか?今日がベターなら明日はベストな一日を目指す。それが仏教思想だと考えています(神教のブログ書いてたはずなのに?笑)。今ブログを書いている間も、一呼吸の間ももう二度と訪れない一生涯の瞬間なのです。今を懸命に生きなければ明日も無い!そんな目標を持って一日・一時間・一分・一秒を充実させて人生を送りたいと考えています。『仏陀として覚醒するために!』今日はちょっとおかしいな(爆)

P5041558.jpg(次回はこの地図の中に入って行きます?)

いつも応援ありがとうございます。歴史って本当に面白いですよね~!
今後もランキングにはこだわって良い記事をUPしたいと思います。はげみになりますので宜しくお願い致します(^人^)
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