2017/12/24

『日蓮聖人真筆曼陀羅』なのか?言いっぱなし、我が家の「日蓮宗」

前回我が家の「家の宗派」として『日蓮宗』を取り上げました。代々、寺記録(檀家寺創建自体がその頃なので)としては、羽柴秀吉の但馬制圧以前から日蓮宗を信仰してきたようです。

450年の昔ということに成りますので、他の仏教宗派やその他の宗教を信仰されておられる方々には、何の価値も無いのですが、わが家にとっては御先祖様からの贈り物として大事に?守り続けているものが有るので、二点ほど紹介したいと思います。

CIMG7747.jpg(今日は美しく雪の銀閣から)


(゜ロ゜;!そうそう、前回も申しました様に、日蓮宗の宣伝・広告のつもりは全く有りませんし、私も今日は長女のChristmasプレゼントを用意しながら、午後は、お正月の神棚飾りを購入予定です~f(^_^;。中立を保とうと努力する管理人の姿勢をご理解お願います。

そういえば、前々回で一旦終了した「関ヶ原」シリーズですが、新聞を読んで居りますと、関ヶ原の前哨戦で焼けた石垣が発掘・発見されたニュースが有りました。焼け落ちた城跡の石垣(幅4.2メートル)は火災で表面の一部が赤く変色しており、ひび割れや欠けも見つかったそうです。次々に発見される歴史の欠片?来年も楽しみですね(#^.^#)

それでは、『市郎右衛門』の日本史ブログをお楽しみ?くださいね(人´ω`*).☆.。
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【日蓮上人の板曼陀羅】

言いたい放題と題しましたが、本当に言いたい放題すると、大変な事に成りますので(笑)常識的な所からお付き合い下さい。『日蓮(にちれん、貞応元年(1222年)2月16日~-弘安5年(1282年)10月13日)』は、鎌倉時代の仏教の僧侶です中学時代?高校時代に歴史で勉強しましたね。

鎌倉仏教のひとつである日蓮宗・法華宗の宗祖です。滅後に皇室から日蓮大菩薩(後光厳天皇、1358年)と立正大師(大正天皇、1922年)の諡号を追贈されています。

ここで難しい問題が少しあるのですが、我が家の宗派としての日蓮宗は分裂習合を繰り返しているために、ちょっと難しいです
。前回京都二大本山六本山と申しましたが、これは1941年(昭和16年)、三派合同により成立した現行の「宗教法人・日蓮宗」の事です。身延山久遠寺を総本山としています(顕本法華宗(日什門流)、本門宗(日興門流)が、対等の立場で合併(三派合同)して発足しています。)。

ですから、現在も日蓮宗と法華宗の各派合わせて十六本山が京都には存在していますが、教義の違いなどで必ずしも一枚岩ではなかった時期もあったということです(以前ご紹介した本能寺は法華宗大本山ですが京都十六本山にふくまれていません)。

この分裂には御本尊を釈尊とするか?釈迦が末法と予言された鎌倉時代(結構釈尊もいい加減?ですが)に出現した日蓮とするかの一点と、諸門流のうち、所依の法華経を前・後半で迹門(しゃくもん)・本門(ほんもん)に二分し、本門が迹門に優れるという勝劣をたてる諸派(勝劣派)と。二つで一つとする一致派の分裂が有ったからです。

そういう意味では、日蓮正宗さんや創価学会さんも分裂派なんです(;^_^A。池田大作さんが神様(日蓮の生まれ変わり)といわれ、政治部門の「公明党」を造られた方と元が同じといわれても実感わかないですけどね~(笑)。読まれた方が気を悪くされましたら読み飛ばしてください。オウム真理教のように、犯罪行為が起きないかぎり信心は自由だと思っておりますので。

今回お見せする我が家のお宝第一弾は、日蓮正宗大本山大石寺の秘仏?日蓮直筆板曼陀羅と同じものです(同じものではないですね)。ほぼ同じものです(殴られるぞいつか?)。本物ならば750年前位(国宝指定されるぞおい!)偽物ですよ~どろぼうさん~そんな物がもし有ったら、どこかの美術館の館長さんお話伺いますよ~(笑)

日蓮の花押をみてください。さんずいが上から入るのも特徴的です。時代は鎌倉時代に成りますね、比べる物が無いので、京都国立博物館 「日蓮展」に出展された、「弘安三年 日蓮直筆曼荼羅本尊 静岡 妙法華寺 紙曼陀羅」と比べてもらいます。こちらは国が本物と言っているので、まがい物ではないと思います。

CIMG8075.jpg
(わが家の日蓮上人の板曼陀羅)
弘安三年 日蓮直筆曼荼羅本尊 静岡 妙法華寺
(弘安三年 日蓮直筆曼荼羅本尊 静岡 妙法華寺)
CIMG8074.jpg(花押日蓮判断は専門家と皆さんでお願します。)

【鍋がぶり日新上人】

『日親(にっしん、応永14年9月13日(1407年10月14日)~長享2年9月17日(1488年10月21日))』は、室町時代の日蓮宗の僧です。埴谷重継の子と言われ、「不受不施義」を初めて唱えたとされています。久遠成院と号しました。

上総国(現在の千葉県中部)生まれ、妙宣寺において父の実弟にあたる日英に学び、中山法華経寺に入門します。応永34年(1427年)に上洛し、鎌倉や京都など各地で布教活動を行っています。永享5年(1433年)には中山門流の総導師として肥前国へ赴き、門徒を指導したものの、その厳しい折伏(しゃくぶく・衆生教化の一方法で、悪人・悪法を、威力をもってくじいて仏法に従わせることです。今でいう無理やり勧誘ですかね)、に対して反発を買い、同流から破門されてしまいます。

鶴岡八幡宮北東角
(将軍くじ引きが行われた。岩清水八幡宮北東角鬼門が削られて角が立たないようになってます。)

同9年(1437年)再び上洛し、本法寺(京都市上京区にある、日蓮宗の本山)を開いています。日親は諸寺院を日蓮宗に改宗させ、6代将軍足利義教(石清水八幡宮のくじ引きで選ばれたことで有名な将軍)への説法の機会を得た際に他宗の喜捨を説いて建言を禁止されました。永享12年(1440年)2月、禁に背いたために投獄され、本法寺は破却となってしまいます。拷問を受けた際に灼熱の鍋を被せられたまま説法を説いたという伝説が誕生し、「鍋かぶり上人」「鍋かぶり日親」等と呼ばれています。

翌嘉吉元年(1441年)の嘉吉の乱で義教が殺されたことによって赦免され、本法寺を再建。寛正元年(1460年)肥前で布教したために再び本法寺を破却され、8代将軍足利義政(銀閣寺を立てたことで有名、日本三大悪女とも言われる日野富子の夫)からの上洛命令を受けました。同3年(1462年)11月、千葉元胤によって京都に護送され、細川持賢邸に禁錮となるが、翌年(1463年)赦されて、町衆の本阿弥清延の協力を得て本法寺を再々建します。長享2年(1488年)に入寂、享年82。

【不受不施義】

日蓮の法華経に対する純粋な姿勢も、南北朝の戦乱や室町時代に入ると宗派が勢力を拡大していく過程の中で、他宗派との妥協や他宗派の信者からの施しを受けるなど、次第に変質していった。特に中山法華経寺に代表される中山門流は本来他宗派に対して比較的寛容であったとされ、同寺の寺宝である『立正安国論(現在国宝とされている日蓮真蹟本)』が建武3年(1336年)に律宗寺院であった鎌倉・普恩寺(現在は廃絶)に貸し与えられて書写されていた事が記録されている程でした。このような状況の中で、日親は不受不施を主張しました。

不受不施義(ふじゅふせぎ)とは、日蓮における思想の1つで、不受とは法華信者以外の布施を受けないこと、不施とは法華信者以外の供養を施さないことです。 日蓮の法華経に対する純粋な姿勢も、室町時代に入ると宗派が勢力を拡大していく過程の中で、他宗派との妥協や他宗派の信者からの施しを平気で受けるなど、次第に変質していきます。このような状況の中で、室町幕府6代将軍足利義教の頃、日親が不受不施を主張しました。

【日親の活動】

日親は京都一条戻橋で辻説法をはじめたが、比叡山延暦寺や将軍家の帰依を受けていた臨済宗などの他宗派から激しい弾圧を受けました。また、日親は法華経によって、当時の乱れた世の中を救うべく(同時代は正長の土一揆や後南朝勢力の反乱などの動乱が続いた)、足利将軍家の日蓮宗への改宗を目論み、永享12年(1440年)『立正治国論』を著して直訴を試みたが、投獄されて、舌先を切り取られたり、真っ赤に焼けた鉄鍋を頭に被せられるなどの拷問を受けます。この鍋は伝承では終生頭から取れることはなかったといわれています(熱いって~!)。

説法石(晴明石)、日親は一丈戻橋でこの石に傘を立て、辻説法を行ったという。江戸時代、1702年の夢告により当地に移された。また、安倍晴明の邸内にあったとされ晴明石ともいう
(本山本法寺、説法石「晴明石」、日親は一丈戻橋でこの石に傘を立て、辻説法を行ったという。江戸時代、1702年の夢告により当地に移された。また、安倍晴明の邸内にあったとされ晴明石ともいう。)

お宝ご紹介はその「鍋かぶり日親」直筆曼陀羅です。こちらは580年ほど前に成るので、本物ならば重文かな?

CIMG0338.jpg
(日新&花押入り曼陀羅)


【最後に一言】

京都市上京区にある、日蓮宗の本山本法寺(長谷川等伯の涅槃図が素晴らしい)をはじめ、6代将軍足利義教のくじ引きでも有名な石清水八幡宮、さらに8代将軍足利義政の銀閣寺等々、ご紹介したいところは限が無いのですが、今回は我が家のお宝で我慢してください。少しだけチラリズム発揮しときますね。

歴史って本当に面白いですよね~!
今後もランキングにはこだわって良い記事をUPしたいと思います。はげみになりますので宜しくお願い致します(^人^)
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リュミエールブラン ネージュ

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