2015/12/30

「古事記の出雲神話部分」を旅する為のガイドブック!

日本神話に夢中になって出雲を旅するきっかけになった本を紹介します。
鳥取県米子市に単身赴任していた時に本屋さんで見つけたのがきっかけです。

それでは、『市郎右衛門』の歴史ブログをお楽しみ?くださいね(人´ω`*).☆.。
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古事記謎解きガイド
出雲に残る『古事記』神話部分に特化した本です。

出雲神話ミシェラングリーンガイドといえるかも知れませんね。

この本に添うかたちで、日本神話の足跡を皆さんに紹介出来たらと思います。

古事記の神話部分における出雲舞台のお話は、少なくても3割!多ければ6割ともいわれます。

何故、大和政権は出雲にこだわったのか?歴史好きな皆さんも色々な仮説を立てておられるでしょう。

高天原は出雲に!、芦原の中つ国は出雲?、神武東征の出発点こそ出雲だ!、等のとんでも説(笑)だった仮説が、新しい発掘や発見で信憑性を帯びてきています。

魏書の烏丸鮮卑東夷人条(魏史倭人伝)記述をある程度信頼できるとすれば、荒神谷遺跡のおびただしい青銅剣は、倭国大乱時代の遺物に当たるのかも知れません。

荒神谷1
荒神谷2

加茂岩倉遺跡の銅鐸も一国の権力の象徴に足るものでしょう。

加茂岩倉1
加茂岩倉2
加茂岩倉3

妻木晩田(むきばんだ)遺跡の規模(建物跡千戸)は、いまだ調査待ちの部分がかなり有ること、国の中心部の遺跡だと考えると、戸数5万戸と記載の投馬国の規模に匹敵すると思われます。

それに、古事記で投げ馬といえば天照大御神の織屋に馬を投げ込んだ須佐之男命を思い出しませんか?出雲には須佐之男命の活躍場所とされる場所や神社が多くあります(余りに出来すぎて笑いを禁じえません)。

新しく明らかになる、これ等の遺跡が出雲王国の注目度を一気に引き上げ、何故古事記に(大和の政権にも関わらず)出雲神話が必要なのかを物語っていると言えます。

内容については、順次訪れた場所からご報告していくつもりです。

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リュミエールブラン ネージュ

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