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2017/10/20

市郎右衛門、『倭建命と伊吹山』にリベンジを誓う

関ケ原取材当日の午後、滋賀県最高峰の伊吹山登山にチャレンジしました。伊吹山(いぶきやま、いぶきさん)は、滋賀県米原市、岐阜県揖斐郡揖斐川町、不破郡関ケ原町にまたがる伊吹山地の主峰(最高峰)で標高1,377 mの山です。前回の長浜城跡の展望台からも雲の合間から頂上がちらっと見えていましたね。

この山は滋賀県最高峰というだけではなく、「記紀神話」の『倭建命』や高山植物でも有名で、一度は登ってみたい山の一つでした。もちろん山登りも好きな私ですが。伊吹山ドライブウエイのおかげで、9合目までは簡単に車で行けますので、実質100メートルほどの登山で頂上まで登れる。大着な私にとっては最高に素敵な山なんです。

PA141121.jpg(伊吹山~さあ登りますか~って100mほどですけどね)


それでは、関ケ原を歩きまわってへとへとな私でも、割と気楽に山頂まで登ることが出来る伊吹山をご紹介しましょう。ただし、季節的にはけしてよい時期とはいえず、伊吹山の素晴しさを皆さんに伝えることが出来なかったと感じましたので、リベンジを誓うの題名を採用いたしました。

それでは、『市郎右衛門』の日本史ブログをお楽しみ?くださいね(人´ω`*).☆.。
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【伊吹山てどんな山なの?】

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(芭蕉も詠んでいます。「そのままよ 月もたのまし 伊吹山」)
PA141110.jpg(関ケ原を一望、家康が最初に布陣した桃配山方面!)
PA141107.jpg(裏切り者?小早川秀秋が布陣した松尾山方面!)
PA141141.jpg(木々が少ないので紅葉もどうだろ?って感じですね。)

一等三角点が置かれている山頂部は滋賀県米原市にあり、滋賀県最高峰の山です。山域は琵琶湖国定公園に指定されています。ご紹介したように、歴史的には関ヶ原から非常に近い場所にあり、倭建命の伝説でも有名な山です。

登山好きと言いはなっておりますが、それほどガチ登山というわけでもなく、二度登った鳥取県の大山(標高1,729m)の次に標高が高いのが今回の伊吹山(標高1,377.31m)という軟弱(それも9合目までは車で行ってしまう)クライマー(アルピニスト?)です。

歴史ブログと名うってブログを書いている私ですから、以前にご紹介した、「古事記神話」の八岐大蛇を退治したスサノオが降り立ったとの伝説がある、鳥取県と島根県の県境にある『船通山(標高1,142m)』などが丁度良いのです。

そういう意味では、伊吹山も倭建命伝説があることを考えれば、私的には最高な山な訳で、以前から憧れていたのです。

【霊峰伊吹山】

古くから霊峰とされ、『日本書紀』では主に「日本武尊(やまとたけるのみこと)」、が東征の帰途に伊吹山の神を倒そうとして返り討ちにあったとする神話が残されています。『日本書紀』では「五十葺山」あるいは「膽吹山」とも記され、古事記では「伊服阜能山」と記述されています。かつては修験道においては「大乗峰」と呼ばれていました。

『うんちく「修験道(しゅげんどう)」』とは、山へ籠もって厳しい修行を行うことにより、悟りを得ることを目的とする日本古来の山岳信仰が仏教に取り入れられた日本独特の宗教の事です。日本中の霊峰と呼ばれる多くの山で、修験道は行われています。

修験道の他にも、日本百名山、新・花の百名山、一等三角点百名山、関西百名山、近畿百名山、ぎふ百山の一つに選定されているそうです(いかにも名山ですね)。

「伊吹山」の読み方について、国土地理院の登録された山名をはじめ、地図や道路標識などの振り仮名は「いぶきやま」となっており、伊吹山の山麓地域では「いぶきやま」と呼ばれているようです。一方、「いぶきさん」という呼び方も存在し、滋賀県の伊吹町では「いぶきやま」、美濃尾張方面では「いぶきさん」とする名鑑があるほか、滋賀県内の伊吹山に近い地域では「いぶきやま」、遠い地域になるほど「いぶきさん」と呼ぶ傾向があるようで、岐阜県でも同様の傾向があります。滋賀県、岐阜県、愛知県、三重県の多くの学校の校歌で「伊吹山」に関する語句が用いられています。

【伊吹山のヤマトタケル伝説】

PA141142.jpg(もう山頂!山小屋?「伊吹山寺覚心堂」です。)
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(倭建命を死に至らしめる「伊吹大明神」の白猪)
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(倭建命!日本最大級の英雄の姿が~これ?)

伊吹山の神は「伊吹大明神」とも呼ばれ、古事記では「牛のような大きな白猪」、日本書紀では「大蛇」とされています。古事記には倭建命がこの伊吹大明神と戦って敗れる物語があります。伊吹山の神に苦しめられて敗れた倭建命は病に冒されて山を下り、居醒の泉(米原市醒ヶ井の平成の名水百選の一つに選定されている「居醒の清水」)で少し回復したものの、のちに悪化して亡くなったとする伝説が伝えられています。

山頂部にはその倭建命(白猪は、古事記伝説なので倭建命と書きましたが、山頂の石像は日本武尊と刻まれています)の像と、伊吹山の神の白猪の像が設置されています。

表登山道の三合目西側の「高屋」と呼ばれる場所はヤマトタケルが山の神に出会った場所とされ、大正時代に石の祠が建立されその中に木造の日本武尊が祀られました。山麓の長浜市山階町の「伊吹神社」は伊吹神を祭神としています。ちなみに9合目までドライブウエイで上った私には、三合目の「高屋」や「伊吹神社」は素通りなので、確かめることは出来ていません。同級生に本格的に登山している女性陣(日本アルプスやヒマラヤの練習で伊吹山に登っているらしい)が居るので今度機会が有れば聞いておきます。

【山岳宗教と伊吹山寺】
PA141183.jpg(南側にあるから?南弥勒菩薩。)
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(弥勒菩薩、三修上人が亡くなったとき、この塚あたり葬られたのではないかとも思いますね)

役小角が伊吹山に登り、弥高寺と大平寺を建立したと伝えられています。白山を開山した泰澄は、この山に分け入り白山信仰を伝えました。9世紀に伝わった密教と結びついて修験の場として、多くの寺院が山中に建立されるようになりました。

「うんちく『役 小角(えん の おづの /おづぬ /おつの)』」についてちょっと説明、舒明天皇6年(634年)伝 によると、役 小角は、飛鳥時代から奈良時代の呪術者です。修験道の開祖とされている。 実在の人物ですが呪術者部分は後世に作られたものだと考えす。私は寺社仏閣巡りで役 小角にまつわる寺社が結構多い事も知りました。私は横山光輝のSF漫画、『時の行者』(ときのぎょうじゃ)が、「役 小角」の話だと勘違いしていました。(笑)

851-854年(仁寿年間)に僧三修により、伊吹山の南側の中腹の尾根上に山岳寺院の弥高寺が建立されたことが「日本三代実録」に記録されています。三修(さんじゅ)により山上と山麓に山岳寺院が建立され、江戸時代まで山岳修行の山とされていたようです。弥高寺は伊吹山寺と呼ばれる定額寺の中心となる一つで、伊吹四大寺として他に大平寺、長尾寺、観音寺が建立され、のちに伊吹護国寺となっっています。

鎌倉時代には修験者による山岳宗教が発達し一時は数百の堂房が山中に建ち隆盛しましたが、戦国時代に兵火でほとんどが焼失し現存せずその地名だけが残っているようです。弥高寺は戦国時代に京極氏や浅井氏により城郭の一部として改造され、1512年(永正9年)に兵火に遭い、その後ふもとに坊舎が移されました。

円空は伊吹山の太平寺に暮らし、平等石(行道岩)で修業を行い、木彫仏を残しています。「弥高寺跡」は1986年(昭和61年)3月28日に、滋賀県により天然記念物(史跡)の指定を受けました。

「うんちく『円空(えんくう)』」は、江戸時代前期の修験僧(廻国僧)・仏師・歌人です。特に、全国に「円空仏」と呼ばれる独特の作風を持った木彫りの仏像を残したことで知られ、生涯に約12万体の仏像を残したとされます。山頂の「伊吹山寺覚心堂」と呼ばれる本堂のみの小さなお寺に円空上人自刻像があってなでなですることが出来ました。

【伊吹山の歴史の時間です】

伊吹山は古くから神が宿る山として信仰の対象でした。天武天皇(673年 )により麓に三関のひとつである不破関が置かれています。平安時代には、日本七高山(近畿地方の7つの霊山)の一つに数えられました。古事記の景行記(712年「和銅5年」)に、伊吹山にまつわる日本武尊の伝説が記されています。伊吹山の南側の中腹の尾根上に山岳寺院の弥高寺が建立されました(851~854年「仁寿年間」)。

室町時代後期1558年(永禄元年)、この年から1570年(永禄13年)の間に、織田信長が南蛮人から入手した薬草を栽培する菜園を伊吹山上に野草園が造られたとされます(信長ってすごいな~と感心しました)。その菜園には、ポルトガル人が自国で用いていた約3000千種のハーブが移植されたといわれています。

明治以降には近代登山の対象となっています(もちろんドライブウエイは在りませんでした)さらに明治末には川崎義令が千種類に及ぶ薬草を採取しています。

1912年(大正元年)10月山頂の弥勒堂近くに礎石を築き、現代にも残る日本武尊の石像が供養されました。1919年(大正8年)8月1日、山頂に設置された伊吹山観測所が気象観測を開始します。この観測所の建設時には、周辺で古刀や古銭が発掘されています(山岳信仰の遺物ですかね)。さらに大正時代から中山再次郎により、関西におけるスキーの山として注目されるようになります(現在スキー場は在りません)。

1927年(昭和2年)2月14日11.82m の積雪量が観測され、世界山岳気象観測史上1位となる。1929年(昭和4年)5月1日、山頂の観測所が国営の気象庁付属伊吹山測候所となりました。2001年(平成13年)3月31日、伊吹山測候所の観測が終了しています。跡地は2010年に撤去されて更地化されています)。

1950年(昭和25年)7月24日、山腹周辺が琵琶湖国定公園の特別保護地区に指定されます。1967年(昭和42年)3月17日、岐阜県が、岐阜県側の山域を県立伊吹自然公園に指定されました。2003年(平成15年)7月25日、伊吹山頂草原植物群落が、国の天然記念物に指定されています。

1964年(昭和39年)に深田久弥により日本百名山に選定されると、百名山ブームもあり全国的に登山対象の山として知名度も高まっています。1965年(昭和40年)に伊吹山ドライブウェイが開通すると、9合目まで容易に上がれるようになり山頂部は観光地化しました。ちなみに、伊吹山ドライブウェイの料金軽自動車一台で3090円(どか~ン!)一人で行くにはもったいないですね。

【目的の一つ高山植物にがっかり?】

PA141217.jpg(イブキジャコウソウ、もう最後の一輪だそうです)
PA141136.jpg(リンドウ)
PA141219.jpg(固有種、ミヤマコアザミ!ハナムグリが可愛いね。)
PA141137.jpg(やはり日本撫子)
PA141124.jpg(リュウノウギク)

季節が悪かったです。残念、高山植物の最盛期は7~8月だそうです。伊吹山には他では見られない特産種8種あるととされています。イブキタンポポ、コバノミミナグサ、ミヤマコアザミ、ルリトラノオ、イブキアザミ、コイブキアザミ、イブキコゴメグサ、イブキレイジンソウ、ただしイブキヒメヤマアザミを固有種とするサイトも多いようですね。これを加えると9種ということになります。またイブキアザミは伊吹山地と鈴鹿山地北部に固有とされています。これを加えていいのかどうか悩むところですね。追加や変更がある可能性ももちろんあります。

PA141207.jpg
(白猪ならぬ紅の豚~脂肪どうにかしろ!シャッターをお願いした登山小屋のおじさんごめんね、笑)
PA141178.jpg(最後にミステリーの謎を解く?ヤマトタケル遭難の4合目)
PA141222.jpg(美しい花には毒がある「伊吹トリカブト」これだ~!)


歴史って本当に面白いですよね~!
今後もランキングにはこだわって良い記事をUPしたいと思います。はげみになりますので宜しくお願い致します(^人^)
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