2015/11/15

スクープ第一段!出雲国引き神話の引き綱発見!。

歴史大好きの私、スクープ?第一弾は出雲風土記の「国引き神話」からです。

皆さん「古事記」はご存知ですよね、2012年は古事記編纂(上奏)1300年の年に当たり、関連した催しも数多く行われました。

その後すぐの713年(和銅6年)に、編纂が始まった風土記も編纂1300年と言えます。

風土記は一般的に(古 風土記)と呼ばれるもので、「播磨風土記」「出雲風土記」「常陸風土記」「豊後風土記」「肥前風土記」の五つしか残っていません。

その中でも「出雲国風土記」は、ほぼ完本で残る唯一のものだそうです。

其では、『市郎右衛門』の日本歴史ブログをお楽しみくださいね(人´ω`*).☆.。
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その「出雲国風土記」の中に「記紀」(古事記、日本書紀)には書かれていない、国引き神話があります。

国引き神話を、簡単に説明いたしますと、現在の島根半島を出雲の神様が、新羅(朝鮮南部)と隠岐それに越(現在の北陸)から、綱で引いて来て作ったというスケールの大きな物語です。

引き綱の柱となったのは、島根県の三瓶山鳥取県の大山です。

そこで、両方の柱山に登山して曳き綱を確認してみることにしました。

はたして引き綱はあるのでしょうか?神話の真実とは?

先ずは、島根県の三瓶山からの眺望です。
三瓶山からの眺望(稲佐の浜を望む)
左に湾曲して見えるのが、国譲りの舞台となった稲佐の浜です。

古事記、国譲りのお話の機会が有りましたら、そちらの近景もアップさせていただきます。

北向き、出雲大社の方角になります。奥の山は島根半島ですね。

次は鳥取県、(伯耆富士)大山からの眺望です。やはり日本海側を眺めています。

大山から島根半島を望む

弓ヶ浜!名のごとく、湾曲がとても綺麗ですね。手前の町並みは皆生温泉街です。

天気は良かったのですが、二枚とも、少しもやがかかってぼやけているのは、許してください。

どちらの砂浜も、船を繋留する綱が潮に流されて湾曲しているのによく似ていると思いませんか?

まるで島根半島を繋留、牽引しているかのようです。

きっと古代の人々も同じように感じたかもしれません。

世界中に、いろいろな神話が残っていますが、実際に神々の痕跡が場所と関連付けられるのは、日本だけではないでしょうか。

この、自然に恵まれた国に生まれた感謝の気持ちと、素敵な神々のお話は、ぜひ子供たちに伝えていきたいと思っています。

いつも応援、ありがとうございます(^人^)。
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