2017/02/03

今年は「北北西!」コンビニにしてやられてませんか?「恵方巻」と『節分』

今や全国的に広まった節分の恵方巻イベント、元々は関西の一部(大阪と兵庫県の一部)だけで行われていた行事だと思います。

兵庫県北部但馬生まれの私は、子供の頃はまったく知りませんでしたし、おこなっていなかったと思います。

兵庫県尼崎市(阪神間ですね!)の伯母の家では、私が小学生の40年以上前から、丸かぶりしていたのを記憶しています。

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P2030005.jpg(全国的に広まったのは、コンビニの策略だと思います。)

調べてみると、『恵方巻』の名前自体がセブンイレブン(1990年)の発案でした。

P2030015.jpg(勿論私は特選金運七福巻き1380円!高すぎないか?私が一番してやられてます。)

元々は、『節分のり巻き』の名前だけだったようです。

皆さんはこの、海苔巻きにかぶり付いている姿、何か日本らしからぬお下品さと、感じられた事はありませんか?

発祥に付いては幾つかの説が有る様ですが、江戸時代末期から明治時代初期、大阪の商人(「船場の商人」とする資料も存在します。)による商売繁盛の祈願事として始まったという説や、豊臣秀吉の家臣・堀尾吉晴(初代松江城主)が偶然節分の前日に海苔巻きのような物(様な物って?)を食べて出陣し、戦いに大勝利を収めたという故事を元にしているという説も有りますね。
ただし、板海苔の誕生は江戸時代であることから、この説の根拠の乏しさが指摘もされています(他にも幾つか説は有るようです)。

起因として「厄落とし・縁起担ぎ」「船場にある階段の中段で女性が太巻きを丸かじりして願い事をした」「船場の旦那衆のあそび」等が挙げられています(その他にもまだ有ります。)。

しかし、私は最後の旦那遊びを推薦したいと思います。
花街の遊女に海苔巻きをかぶり付かせて楽しんでいる旦那周の助平心が、このお下品な風習を広めたと考えると、納得しやすいのです(///∇///)。

これは、太巻きを自ら広めた大阪鮓商組合後援会事務局長も、認めておられるようなので、信憑性が高いですね!

太巻は七福にちなんで、7つの具を入れて巻くのが基本になったようです。

結婚してから毎年我が家でも、恵方巻(私は当然?海鮮巻きだったのですが、笑)を買って黙って黙々と恵方にむかって食べております。

P2030012.jpg(方角を知るために子供達が、即席方位磁石を作ってくれました~笑)

近頃日本古来からの風習である、豆まきやイワシとヒイラギの魔除けの方を大切にしなければ行けないと感じています。
反省材料ですね(笑)。

P2030009.jpg(イワシとヒイラギ、ヒイラギはスーパーで「ご自由にお持ち帰りください」ゲットできたようです。)

此方伝統の豆まきですが、宇多天皇(在位887~897)の時代に、鞍馬山の鬼(朝廷に、まつろわない民の総称?土蜘蛛等)が出て来て都を荒らしたので、祈祷で鬼の穴?を封さぎ、三石三升の炒り豆(大豆)で鬼の目を打ちふさぎ、災厄を逃れたという故事伝説が始まりといわれています。

豆まきは、「穀物には生命力と魔除けの呪力が備わっている」という信仰、または語呂合わせで「魔目(豆・まめ)」を鬼の目に投げつけて鬼を滅する「魔滅」に通じ、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがあります。

柊と鰯は、尖った葉に魔除け意味合いがあるようですし、鬼は生ぐささが嫌いみたいです(ニンニク嫌いのバンパイアか!Σ(×_×;)!)。

【ここで何時ものうんちくを!】
鬼といえば、鬼門を思い出しますね。
丑寅の方角(鬼は牛の角が生えていて、虎のパンツルックなのがご理解頂けましたか?)ですね。
京都御所は(鬼門封じとして比叡山延暦寺を作ったにも関わらず)北東が削られて、鬼に角が立たないように造ってあります。
知っておられましたでしょうか(昨年京都御所の鬼門写真が無くて、岩清水八幡宮の写真を使いました。その後京都御所の鬼門だけ撮影に行った私は、Bloggerの鏡です。自分でゆうか~!Σ(×_×;)!)?

DSC_0075.jpg
(京都御所の鬼門、実は申が隠れているんですよ~それも夜な夜な暴れるので、金網に閉じ込められています。面白い!)


豆まきの掛け声にも地域性は有るようで、我が家の近く三田市(みたでは無くてさんだです。)では、九鬼氏の城下町なので、旧市街地では、「福は~内」「鬼も~内」だそうです(成る程ね!)。

今、子供たちが私の書斎にも豆をまきに来てくれました。
昔は普通に豆をまいていましたが、今は袋入りの豆(圧力で揚焼き?してあるのか、柔らかくて食べやすいです。埃も付くしね!)ですね、風情は無くなったけど、これも時代ですね~(^^;。

もう立春ですか、年を重ねると早いですね~(;つД`)。

いつも応援、ありがとうございますm(__)m。
歴史って本当に面白いですよね~!

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コメント

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丸かじらない

こんにちは。いつもお世話になっております。

私は名古屋で生まれ育ったので、節分はその年の恵方の観音様にお参りしました。

柊鰯は、焼いた頭だけ刺してました。

高校の古文の時間に「関西では節分に無言でむしゃむしゃ」の話を聞いて、んまぁー、変わったことをするのねーって驚きました(大爆笑ともいう)。

あの、大阪の人達が黙って食べるとは、そりゃすごい!って。

そして最近、丸かじるんじゃなくて、丸かぶるんだと知りました。



つねまるさんいつもコメントありがとうございます。

お返事が遅くなりました~ごめんなさい。 

<私は名古屋で生まれ育ったので、節分はその年の恵方の観音様にお参りしました。

名古屋では観音様ですか?私も実は阪神間では無いので、大人になってから始めたまるがぶりです。

<柊鰯は、焼いた頭だけ刺してました。

外に飾るんですね、食べた後頭と柊を玄関に飾りましたよ。

<高校の古文の時間に「関西では節分に無言でむしゃむしゃ」の話を聞いて、んまぁー、変わったことをするのねーって驚きました(大爆笑ともいう)。
<あの、大阪の人達が黙って食べるとは、そりゃすごい!って。
<そして最近、丸かじるんじゃなくて、丸かぶるんだと知りました。

そんなに大阪人喋ってますか(笑)
私は物静かなタイプですけど(爆)