2017/08/29

山陰の山奥にこんなに素敵な霊場が有った『清水寺』

実は今回、備前の国分寺か古墳群をUPする予定だったのですが、昨日米子在住でご夫君の海外勤務で、ドイツに滞在中の同級生のお友達から、Facebookで連絡が有りました。

前回のブログ投稿に、「米子城気持ち良いよね~~(*^^*)」「中海の小島、サークルでご一緒してるお仲間のご主人の所有なのよ~。」と、びっくりの連絡!「えっあの無人島何て名前?(Google地図に名前無し)」と聞くと「確か 萱島と呼ばれていたように記憶してます。違ってたらゴメン!」とコメントが入り、島持ちってか~~?と驚いていると、更に別情報で妻木晩田の最高所に位置する「松尾頭地区で33次発掘が先週から始まったよ~。今回は墳丘だよ~~楽しみ~!」の情報も飛び込んで来ました。

先日ご紹介した出雲安来市の清水寺境内宿泊施設、「松琴館」の名物精進料理の反響も大きくて、今は山陰が来てるな?とかってに判断した私は、急遽記事を差し替え、『清水寺』をご紹介することにしました~~(;^_^A アセアセ・・・。

ということで、今日ご紹介するのは、「出雲国神仏霊場第十一番」『清水寺』です。

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(出雲神仏霊場のご紹介も残り少なくなって来ましたかね~。)


それでは、『市郎右衛門』の歴史ブログをお楽しみ?くださいね(人´ω`*).☆.。
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(そうこの島、萱島!個人所有だそうです。その方とお友達に成りたい市郎右衛門です。)


こちらを参考にしてくださいね。石垣も美しいが、やはり眺めが絶景「米子城址」前回のブログです。
そして、清水寺境内宿泊施設、「松琴館」の名物精進料理出雲の国は安来、「清水寺」の隠れ家宿坊『松琴館』の精進料理が完璧過ぎる!
最後は、妻木晩田遺跡のご紹介!投馬国の都か?ズバリ邪馬台国なのか~!凄いぞ『妻木晩田遺跡』



【清水寺との出会い】

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(着きました~清水です。京都じゃないよ~笑)
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(二年前より案内板も新調されていました。)
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(ヤッパリ~(;^_^A 、登るのね~~~!)

私が清水寺を訪れたのは四度目です。最初は能楽の三番叟(さんばそう)を観覧に行ったのが初めてのお参りでした。当時お隣の米子市に単身赴任していました。一人の気ままな休みに日本の伝統芸能に触れてみるかなと、かるい気持ちで伺いました。

三番叟(さんばそう)は、日本の伝統芸能式三番(能の翁)で、翁の舞に続いて舞う役、あるいはその舞事をさします。能楽では狂言役者が演ずるそうです。
解説をご紹介しますと、元々「式三番」という名称は、例式の 3番の演目という意味で、「父尉」「翁」「三番猿楽」の 3演目を指すものだそうです。室町時代初期には最初の「父尉」を省くのが常態となっていましたが、式二番とは呼ばずそのままの名称が使われています。古くは、その3番のうち 1、2番目は聖職者である呪師が演じましたが、「三番叟」は 3番目の演目であり呪師に代って猿楽師が演じ、「三番猿楽」と呼ばれ、「三番三」とも呼ばれています。

三番叟の舞は、揉ノ段と鈴ノ段に分かれます。前半の揉ノ段は、面を付けず、足拍子を力強く踏み、軽快・活発に舞います。後半の鈴ノ段は、黒式尉を付け、鈴を振りながら、荘重かつ飄逸に舞うのです。

翁の舞が、天下泰平を祈るのに対し、三番叟の舞は五穀豊穣を寿ぐといわれ、足拍子に農事にかかわる地固めの、鈴ノ段では種まきを思わせる所作があり、豊作祈願の意図がうかがえます。式三番のうちでも、翁以上に後世の芸能に影響を与えたとされます。歌舞伎や人形浄瑠璃などに取り入れられ、また日本各地の民俗芸能や人形芝居のなかにも様々な形態で、祝言の舞として残されています。

【安来の清水寺ってどんなお寺なの?】

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(不動明王)
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(飾りが美しいので、先日の写真、大門です。)
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(まだ歩きます。雨だと滑るので気をつけてね。)
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(此処はもう敷地内ですがまだ登り!杉の太さ半端ないです。)

社寺名称:瑞光山 清水寺(ずいこうざん きよみずでら)  通称 安来 清水寺
宗派:天台宗
御本尊:十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)平安初期の一木造り、島根県指定文化財に指定
創建・開創:尊隆上人 用明2年(587年) 開創
御利益:厄払い、延命長寿の観音様
お祈りの言葉:オン ロケイ ジンバラキリ ソワカ (御真言)
御詠歌:にごらじな きよみずでらに まいるみは こころのうちの つきぞさやけき
代表的宝物・文化財:国重要文化財  根本堂、十一面観音立像、弥陀三尊坐像(三体) 丈六阿弥陀坐像、県指定文化財 三重塔、十一面観音立像、梵鏡ほか


【清水寺の歴史】


用明天皇二年(587)尊隆上人によって開かれました。当時この山は一滴の水も出ませんでしたが、一週間祈願したところ水が湧出し、しかもその水が雨期にも濁ることなく、乾期にも枯れることなく常に清い水を湛えたところから清い水の出る寺、清水寺と命名されたと伝えられています。

ご本尊には推古天皇が瑞夢に厄ばらいの霊験あらたかを感得されたと云われる十一面観音様をお祀りし、ご祈祷をする寺として、厄ばらいの観音様として祟められ、毎年厄年に当たる人たちを中心に信仰を集めています。

早くから朝廷や多くの豪族の信仰を受け栄えてきましたが、盛時には四十八坊を数えたといわれます。一時荒廃しましたが平城天皇の詔勅を仰いで、中興開山盛縁上人が復興に尽くし、大同元年(806年)七堂伽藍を完備しました。中国随一を誇ったといわれます。 承和十四年(847年)十一月、慈覚大師(天台座主円仁)唐留学の帰路、当山に立ち寄り、光明真言の秘法を伝法、これを機に天台宗となっています。残念ながら尼子氏と毛利氏の戦いに巻き込まれ毛利軍によって焼き討ちを受け、根本堂のみを残して全山灰尽となるも、勝った毛利家や、江戸時代に入って松江歴代藩主の庇護を受け、今日の伽藍に再興されました。

山陰随一総欅造りの三重塔は安政六年(1869年)1万人講を組織して和尚二代、大工三代の彼岸の末完成しました。現在も清水寺のシンボルとなっています。また当寺の四季は素晴らしく、特に春の桜・新緑と秋の紅葉は絶景だそうです(私、夏にしかうかがっていません)。

CIMG8976.jpg(私、実はモスおたく、笑…この苔見ただけで来たかいがあったかも、美しさにうっとりです。)

【三斎流茶道と清水寺】

三斎流(さんさいりゅう)茶道をご存知の方は、なかなかおられないでしょう。三斎流は、豊前小倉藩主細川忠興(三斎)を祖と仰ぐ茶道の一派です。三斎の門人である一尾伊織が許しを得て興したので一尾流(いちおりゅう)、三斎流一尾派などとも言われます。現在家元は島根県出雲市にあり庵号を観翠庵、同門組織として九曜会(細川家は九曜紋です)があります。安藤家御家流も一尾流の流れを汲む他、細川三斎流と称する流派があります。

細川 忠興(ほそかわ ただおき)はご存知ですか?戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名です。細川 藤孝(幽斎)を父に、丹後国宮津城主を経て、豊前小倉藩初代藩主。肥後細川家初代となります。足利氏の支流・細川氏の出身で、正室は明智光秀の娘・玉子(通称細川ガラシャ)、室町幕府将軍・足利義昭追放後は長岡氏を称し、大坂の陣後に細川氏へ復名しています。元総理大臣の細川護熙さんは細川忠興の末裔に成ります。

参考までに、「明智光秀」山崎での敗北をさとり『勝竜寺城』へ退却す!細川 忠興・玉子(通称細川ガラシャ)のお話も書いています。

足利義昭、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と、時の有力者に仕えて、現在まで続く肥後細川家の基礎を築来ました。また父・幽斎と同じく、教養人・茶人としても有名で、利休七哲の一人に数えられます。

茶道の三斎流の開祖、細川忠興(三斎)は利休七哲に数えられるほどの達人であり、家中には門人が多くいました。その中でも1000石の旗本で幕府御書院番を務めた一尾伊織は、三斎の家臣の佐藤将監に茶を学び、後に三斎について学んだとされ、許しを得て一派を興しました。一尾伊織の門人には稲葉正喬、米津田賢、高木正陳、舟橋希賢などがいます。

稲葉正喬は駿河守大番頭を務めた7000石の旗本で、この系譜では荒井一掌が松平不昧(出雲松江藩の第7代藩主)と親交が深 く、それにより松江に三斎流がもたらされました。松平不昧は家臣にも三斎流を学ばせますが、不昧自身はさらに石州流を学んで松江藩では現在不昧流と呼ばれる系譜が伝えられることになります。一方で三斎流は松江城鬼門にあたる普門院の住職によって受け継がれ、明治維新後は在家に下り、現在は森山家が伝承しています。

何が清水寺と関係があるのか?なのですが、十一代「得故庵恵教」・安来清水寺蓮乗院住職・観月庵三世 、十二代「制心庵真浄」・安来清水寺蓮乗院住職・観月庵四世 、十三代「花月庵教好」・安来清水寺蓮乗院住職・観月庵五世の三代の家元は清水寺の住職が務めているんですね。

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(はい、ほぼ全景です。カメラが変わったから、縮小率がおかしいのはご勘弁です。)
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(本堂前の出雲型狛犬?お寺だけどね~気にしない、来待石かな柔らかそうです。)
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(本堂で御朱印をいただきます。)
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(山陰随一の三重塔、実は但馬の養父市にも凄いの有るんだけどね、またご紹介します。)
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(下から眺めると組み上げがが凄いですね。大山登山の後で、足を引きずりながらここまで来ました(''◇'')ゞ)


いつも応援、ありがとうございます(^人^)。
歴史って本当に面白いですよね~!

今後もランキングにはこだわって良い記事をUPしたいと思います。はげみになりますので宜しくお願い致します(^人^)
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