2016/11/21

第一次鳥取城攻略本陣跡?「川原城」

出雲へ旅行するときに、高速道路代を考えて、神戸から中国自動車道佐用JCT~鳥取道(無料)を通ります。
米子自動車道を使うと一時間以上早いと思うのですが、いつも貧乏旅なのでね~(^^;
岡山県を抜けて、鳥取市近くの道の駅川原を過ぎてすぐに、左手に凄く綺麗なお城が見えてきます。

それが、今日ご紹介する「川原城」です。

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CIMG6491.jpg(御覧の通り綺麗なお城ですが、故郷創成に役立っているとは思えませんね、笑)

河原城(かわはらじょう)は、鳥取県鳥取市河原町谷一木にかつて存在した城です(今も存在しますが近年に建てられたものです)。



川原城の正式名称は「丸山城」と言うのですが、鳥取市内には丸山城という名の城跡がこの城を含めて3つあり、旧邑美郡でも、この城を含めて2つあるのでややこしいです。
河原城は、天守風建造物(模擬天守)が建てられて以後の名称に成りますが、他2城との混同を避けるため、ここでは河原城と呼ばせていただきます。

美作方面への街道と播磨方面への街道の結節点であり、重要な水運路でもあった千代川を見下ろす要衝の小丘に建てられ、1580年羽柴秀吉による第一次鳥取城攻略戦の際に陣が置かれたと伝えられています。
ただし、川原城が本当に秀吉の本陣だったかどうかは不明です。

CIMG6492.jpg
(愛称は若鮎城!自ら考え自ら行う地域造り。暴走しましたね~)
CIMG6493.jpg(これでもか~の大国主と八上姫まで引っ張り出されています。(;´・ω・))

城跡には犬山城天守を模した(模擬天守どこかで見たような気がしたのはそのせいですね)展望台が建設され、「河原城」「お城山展望台」と呼ばれています。
最初に見つけた時にはこれは~なんだ~!とびっくりしてしまいました。
展望台の内部は、旧河原町の観光案内所と資料館となっており、羽柴秀吉が因幡平定後に発した感状などが展示されています。

武田高信(前回のUPで出て来ましたね。)が守る大振袖山城(鳥取市河原町曳田)の砦として建造されました。
正確な建造年代は不明ですね。
1580年(天正8年)、織田信長の命を受けた羽柴秀吉鳥取城の山名豊国を攻める際に陣がおかれました(第一次鳥取城攻め)
鳥取城主豊国は3か月の籠城戦を戦い抜きますが、力及ばず落城!
川原城は廃城となった様です。

CIMG6494.jpg(確かに犬山城の天守によく似ていますね~。)

1991年(平成3年)から翌年にかけて城跡の全面発掘調査が行われ、曲輪跡・堀切跡・掘っ立て柱の跡などが発見され、古城跡であったことが確認されました。

そこで「ふるさと創生事業」として山頂に展望台(模擬天守)が設置されたというのがこの綺麗なお城の経緯です。
気持ちはわかりますが、少し無理されたんじゃないですかね~(笑)
私も無理がたたらないように、今日は楽させていただきました。


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