2016/10/14

日本海の海上交通網を支配した、海部直一族とは?但馬五社「絹巻神社」

但馬五社の紹介をしてきましたが、残りは二社、今日は一番北に有って海の直ぐ側の『絹巻神社』です。

古代日本海の海上交通網を支配した、海部直一族や、元伊勢神社の関連から、倭国のルーツに繋がるかもしれませんよ~(^^)d

「市郎右衛門」の日本歴史ブログをお楽しみください。 
ブログランキングならblogram
👆 絶賛ランキング参加中!三つのバナータグを「 ポチッ」と応援お願いします(^人^)。

『絹巻神社(きぬまきじんじゃ)』は、兵庫県豊岡市にある神社です。
『延喜式神名帳』にある「海神社(但馬国・城崎郡)」に比定される式内社(名神大社)です。
但馬五社の一社(私のブログでは四番目に成りました。)。



御祭神は天火明命(あまのほあかりのみこと)、海部直命(あまのあたえのみこと)、天衣織女命(あまのえおりめのみこと)です。

-社頭案内-

但馬五社 絹巻神社御祭神天火明命相殿海部直命 天衣織女命 応神天皇三年四月、大山守命が山海の政を執られ た時、大山守命は多遅麻黄沼前県主武身主命の子海 部直命に多遅麻の海政を執らし、その姓を海部直と称することを許した。
 その時、海部直命は、自分の始祖天火明命を黄沼前県に祀り清明宮と称した。

仁徳天皇十年八月、海 部直命は城崎郡司を兼ねる事となり、黄沼県を海部 村(小島)に置き、多遅麻の海人を領し、清明宮を海 部村に属する絹巻山に移し絹巻神社と称した。
履中天皇の御代、海部直部の子西刀宿禰が城崎郡司となり、宿祢に命じ瀬戸の水門の俊渫を行った。
爾来、円山川沿岸は洪水禍をまぬがれたと伝えられ ています。

仁明天皇仁和元年神階従五位下を賜り、文化十一 年現在の本殿を再建しました。
絹巻山は天然記念物の指定をうけ「ひめはるぜみ」 の生息地としても有名です。 

(以上です)

CIMG8506.jpg(こじんまりとした綺麗な神社です。)
CIMG8505.jpg
(但馬五社絹巻神社ご由緒)

先ず但馬国の成り立ちについてですが、成立は7世紀に、丹波国より8郡を分割して成立したとする説がありますが、確証は有りません。
『日本書紀』天武天皇4年(675年)条に国名がみえるので、この頃成立したと推定されています。
丹後国も同じく丹波国と同じ地域で有った事が知られ、海洋交通網の主軸の丹後が丹波・但馬・丹後の中心で有った可能性が推定されています(つまりは古代は同じ国と考えても良いのでは?)。

第15代応神天皇3年4月大山守命(おおやまもりのみこと)が山海の政を執ることになった時、大山守命は多遅麻黄沼県主武身主命(たじまきぬさきのあがたぬしたけみぬしのみこと)の子 海部直命多遅麻(たじま)の海政を執らし、その姓を海部直と称することを許したといわれます。

古事記にも記載されている、大山守命が皇太子の地位を逃し、父・応神天皇から遠ざけられた説話の後日談となっており、興味深いですね。
大山守命(父の死後、皇太子に謀反を見抜かれて殺害されてしまいます。)は父応神天皇の心をよむことが出来ずに地方に遠ざけられ、弟の仁徳天皇(父の死後皇太子を差し置いて天皇になっています)がうまく立ち回ったという事ですね。

CIMG8507.jpg(出雲型の狛犬さん、但馬では珍しいですね?来待石では無いようです。)

主祭神「天火明命」天照大御神の孫、つまり天孫邇邇芸命(ニニギノミコト)の兄になります。

海部直ば、『古事記』には吉備海部直(キビノアマベノアタエ)が記載されています。
第16代仁徳天皇の妃の一人であるクロヒメの父ですね。
ここのところ面白いのですが、元伊勢で名高く、国宝「海部氏系図」を所有する『籠神社』(京都府・宮津市)も「海部直」の出自です。
つまり、海部直一族は日本海の海上交通網を手中に収めただけでなく、瀬戸内海(吉備)にも勢力を伸ばしていたことになります。

但馬に戻って、海部直命はその後、自分の始祖である天火明命を黄沼前県に祀り、清明宮(すがみや)と称しました。
仁徳天皇10年8月、海部直命は城崎郡司を兼ねることになり、黄沼県を海部村(小島)に置き、多遅麻の海人を領し、清明宮を海部村に属する絹巻山に遷還したのが現在の絹巻神社です。

CIMG8508.jpg(拝殿と奥に本殿があります。写真不足申し訳ないです。)

第17代履中天皇の御代、海部直の子、西刀宿禰(せとのすくね)が城崎郡司となり、瀬戸の水門(切戸)の浚渫を行って以来、円山川沿岸は洪水禍をまぬがれたと伝えられている。

天衣織女命は、天棚機姫神ともいわれ、『古語拾遺』に、天照大御神が天岩戸に隠された際、天照大御神に献上する神衣和衣を織った神で、機織の神として知られる。
絹巻神社でなぜ天衣織女命が祀られているのか、その由来に関して情報が有りません(しかしながら絹巻神社の名前はこの女神さまから来たのでしょう。)。

絹巻山は、「ヒメハルゼミ」の生息地として奈良の春日山と共に知られています。
周囲は暖地性原生林で面積1万2千平方メートル余りに、シイ、クスノキ、サカキ、ダブ、ヤマザクラ、ツバキなど温帯、亜熱帯の樹木が生い茂り、県の天然記念物に指定されています。
また、神社横の道路山側は玄武岩の岩柱が露出していて、地質学的にも興味深く成っています。


いつも応援、ありがとうございますm(__)m。歴史は本当に面白いですね~!

今後もランキングには拘って良い記事を発信したいと思いますので宜しくお願い致します(^人^)
日本人気ブログランキングバナー・ブログ村の日本史バナー・Blogramバナー・FC2ブログランキングバナーを「ポチッと」クリックして頂きましたら嬉しいです。
👇👇👇👇👇👇👇 👇👇👇👇👇
ブログランキングならblogram



コメント

非公開コメント