2016/10/06

稲佐の浜近くで建御雷神を祀る『因佐神社』

稲佐の浜のすぐ近くで建御雷神を祀る『因佐神社』をご紹介しましょう。

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国生みの際、火の神を生んだ伊邪那美命は、下腹部に火傷を負って命を落とします。
嘆き悲しんだ伊邪那岐命は火の神火神軻遇突智(かぐつち)の首を切り落としました。
このとき剣から滴り落ちた血から誕生したたうちの一柱が建御雷神(たけみかずち)です。 

天照大神より天孫降臨に先駆けて、天神の御使いとして、「国譲り」の大事業を任され、使者として地上(稲佐の浜)に降り立った建御雷神は、建御名方神(たけみなかた)と力比べをし、自らの手を剣に変えて降参させ、見事にこの大事業を成し遂げました。



式内社 出雲國出雲郡『 因佐神社』
出雲大社境外攝社

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(いつもながらこの看板に助けれます。)
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(正に神社じゃないですか~!)

戦前は武運長久、現在は受験、進学、勝負の神様として知られています。
昔から地元では親しみを込め「速玉さん」と呼ばれています。
祠がポツンとある他の摂社より境内は広く神社と言って過言ではありません。
式内社で因佐神社と考えられている神社です。

ただし、『日本「神社」総覧』では「速玉社」となっていますが、記されている住所はこの場所です。

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(確かに小さいですが、敷地は広いです。)
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(端を歩いてと( ^ω^)・・・)


御祭神は勿論、建御雷神!

CIMG2319.jpg
(いつの時代も、交渉役は大変なんですよね~、汗)

稲佐の浜には、建御雷神と争った建御名方命の投げた石といわれる弁天島があり、弁天神が祀られています。

茨城県「鹿島神宮」鎮座の御祭神 でもあります。

(境内案内板より一部引用させて頂きました~(^^)d)

稲佐の浜で、現代も受け継がれる儀式「潮(汐)汲み」を紹介しましょう。

大社町の住民は毎月1日の早朝に稲佐の浜で海水を汲み、出雲大社や 荒神社に参拝し、この海水を笹の葉で撒き清めます。
その後、自宅に持ち帰り、玄関・神棚・仏壇・各部屋そして家族に 撒いて 清めます。
昔から代々続けられる、出雲市大社町の民間風習です(この習俗は島根半島の海岸部でもみられます)。
素晴らしい風習ですね~(^^)d

さて前回の宿題ですが、逆さの剣と建御雷神ですが、これ~雷様そのものだとは思いませんか?
いかずちかみ!まさに雷神様ですね。

雷が落ちる条件は高さと形(尖ったもの)だそうです。
海岸という何もない所に、高さ20メートル(落雷の条件だそうです。)の木の上に剣を逆さに立てて雷を待ちます。
国譲りでこんなマジックが天津神によって使われたなら、国津神の大国主はびっくりして従うしかなかったかも知れませんね。
天の岩戸が日食で、国譲りが落雷の演出なら、天照大御神はなんと自然科学に精通していたのでしょう。

卑弥呼と天照大御神が同一人物の説があります。
卑弥呼の活躍の時代(2世紀中ごろ)中国では三国志の時代諸葛孔明劉備玄徳が活躍していた時代と同じ頃になります。
正に奇門遁甲「名を卑彌呼といい、鬼道に仕え、よく衆を惑わす」
皆さんどう思われますか?


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