2016/09/30

奇岩に祈願する?謎に次ぐ謎!「阿陀萱神社」

出雲から少し離れた、取鳥県米子市の、「阿陀萱神社」に行ってきました。
古事記によりますと、大国主命因幡の白兎を助けた縁で八上姫と結ばれ、出雲の直江で多岐喜姫が生まれます。
事情により(笑)因幡の国に里帰りする途中、榎原郷橋本邑の榎の俣に指を挟まれ此処にとどまります。

「市郎右衛門」の歴史ブログをお楽しみください。 
ブログランキングならblogram
👆 絶賛ランキング参加中!三つのバナータグを「 ポチッ」と応援お願いします(^人^)。

米子市内から行くと、石井郵便局の信号を左に曲がって、保育園横の畑に沿って、山の方に細い坂道があります。その道を上がっていくと、高い樹木に囲まれた、切通の何かありげな道をさらに歩くと、光のあたる開けた場所に出ます。
そこが、阿陀萱神社へと続く石段のある参道になります。


IMG_5779.jpg
(雰囲気ありますでしょ。途中の石のくぼみに仏さまが収められていました。)
IMG_5789.jpg
(さあ!隕石でしょうか?物知りおじさんに捕まった?のは私の後に訪れたお二人でした。汗)

鳥居の前には大きな石があり、しめ縄が飾り付けられていました。
天から降ってきた石だとか?
言い伝えには「昔、宝石天より降りて一夜に出現す、降りし三宝石(三つも?)は村中に二つ、神社に一つそれ故に宝石山と称す」とあります。

つまり隕石?この大きさなら、キロメートルサイズのクレーターが開くなと思いつつも、お祀りしようと後由緒を読んでおりますと、自転車に乗ったオジサン~(^^;
良くいらっしゃるんですよね、お話がしたくてしょうがない方!(笑)
いえいえけして迷惑ではありませんよ~地元の知らない情報とかも教えていただけますし、楽しみにしています。

IMG_5781.jpg
(ご由緒です。)
IMG_5788.jpg
(石段も古そうですね。)
IMG_5787.jpg
(周りの木々も立派です。)

一見古事記とは関係ない石のようですが、米子の民話散歩道では以下のように書かれています。

「神代の昔、宝石天降り一夜の中に(石が)出現せしゆえ、この山を宝石山と称す。
この石社伝秘訣あり。
異名石にて側に小社を建て、産石神社と崇敬す。」

この石を産石神と崇めたことからわかるように、安産祈願の石として拝まれてきました。
なぜ産石といわれるようになったのかは、「社伝秘訣」で語られていませんが、ある人は大国主命伝説にあると説かれます。
大国主命は、兄神たちに妨害されながらも美女八上姫を得ましたが、八上姫は大国主の正妻スセリ姫のしっとにいたたまれず、娘阿陀萱奴志喜岐姫を連れて、因幡に帰ることになりました。
帰路、橋本を通られた時、娘の姫が榎の枝に手の指を挟まれて抜けなくなりました。
そこで娘の姫は「私はこの地で住むから、お母さんは因幡に帰って」といわれました。
その娘姫の住居が阿陀萱神社で、この阿陀萱姫はまことに安産で生まれられたので、それでこの石を産石というのだそうです。
(米子の民話散歩道から引用させていただきました。)

IMG_5786.jpg
(今回私が注目したのは、狛犬ではなくて石灯籠です。)
IMG_5785.jpg
(龍が載って巻き付いているのがわかりますか?珍しい素敵な灯篭ですね~!)
IMG_5784.jpg
(左手残り桜です。いい日よりでした。)
IMG_5782.jpg
(時代を感じる拝殿です。)
IMG_5783.jpg
(多岐喜姫の住む場所として造られたとか、勿論今の神社ではありませんよ、笑)
阿陀萱神社は、大国主命と結ばれた八上姫との間に生まれた多岐喜姫が、因幡の国への里帰りの途中に指を挟まれここにとどまり、鎮守神になったとされる神社といわれています。
多岐喜姫はやはり木俣神ということに成るようです!

皆さんもよろしければ、ぜひ行ってみてはいかがですか?


ブログを書き始めて一年が経ちました。皆さんの応援でランキングトップ10に入ることが出来ました。
応援、本当にありがとうございます。
今後もランキングには拘って良いブログを発信したいと思いますので宜しくお願い致しますm(__)m
日本人気ブログランキングバナー・ブログ村の日本史バナー・Blogramバナー・FC2ブログランキングバナーを「ポチッと」クリックして頂きましたら嬉しいです。
👇👇👇👇👇👇👇 👇👇👇👇👇
ブログランキングならblogram


コメント

非公開コメント