2016/09/14

御神符が欲しい~!『熊野那智大社』

今回ご紹介しますのは、前回の続き、青岸渡寺のお隣!神仏集合霊場の『熊野那智大社』です。

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熊野那智大社は、田辺市の熊野本宮大社、新宮市の熊野速玉大社とともに熊野三山の一社です。
全国約4,000社ある熊野神社の御本社でもあり、日本第一大霊験所根本熊野三所権現として崇敬の厚い社です。



古るくから那智熊野大社は、ご祭神「熊野夫須美大神(=伊邪那美=千手観音とされる)」の御神徳により「結宮」と称され、人の縁だけでなく諸々の願いを結ぶ宮として崇められます(出雲大社の様ですね!)。
熊野の自然と共に神々の恵み深い御利益のある神社です。

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(460段?の最後です。実際は青岸渡寺の後だったので帰りにパチリ。)
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(神仏習合の残り?線香をお供えしてますね。)
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(まだひつじ年です。笑)
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(ずらっと並ぶ神様の拝殿。)
参道の長い石段(467?段)の上は、右に青岸渡寺があり、左は朱の大鳥居と大社の境内が続いています(今回はバスツアーですので先に青岸渡寺にお詣りし、横切るように神社へお詣りです。)。
拝殿の奥には鈴門・瑞垣を挟んで本殿があり、向かって右から滝宮(第一殿)、証誠殿(第二殿)、中御前(第三殿)、西御前(第四殿)、若宮(第五殿)が並んでいる。正殿の第四殿が最も大きく、若宮の左手前には第六殿(八社殿)があります。

なお、現在は山の上に社殿があるものの、元来は那智滝に社殿があり滝の神を祀ったものだと思われます。

『那智の瀧』は自然を尊び延命息災を祈る人が多く、また八咫烏の縁起によりお導きの神として交通・海上の安全の守護を祈り、さらに御神木の梛の木は無事息災をあらわすものとして崇められています。
那智の滝は「一の滝」で、その上流の滝と合わせて那智四十八滝があり、熊野修験の修行地となっています。

熊野三山の他の2社(熊野本宮大社、熊野速玉大社)では、明治の神仏分離令により仏堂が廃されてしまいましたが、那智では観音堂が残され、やがて青岸渡寺として復興しました。

CIMG8780.jpg
(胎内くぐりも出来る大木です。全景が無いのはご容赦願います。)

御神木の「樟」平重盛のお手植えの木で、ただのご神木ではなく(樟霊社)という社にして祀っています。
平重盛の時代からですので、まさに800年以上の老樟(長寿や無病息災のご利益が在ります)。


那智山から下った那智浜には補陀落渡海の拠点となった補陀洛山寺があります。

参考迄に、内田康夫の推理小説「熊野古道殺人事件」を読みますと補陀落渡海をイメージ出来ると思いますけど(笑)

少し説明、「補陀落渡海」とは、補陀落を目指して船出するこです。
「補陀落」とはサンスクリット語の「ポタラカ」の音訳で、南方の彼方にある観音菩薩がお住まいに成る浄土のことをいいます。

日本においては南の海の果てに補陀落浄土はあるとされ、その南海の彼方の補陀落を目指して船出することを「補陀落渡海」といいました。

実際に船出した方がいるんです。
補陀洛山寺境内にある石碑に、それらの人々の名が刻まれています。
平安前期の貞観十年(868)の慶龍上人から江戸中期の亨保七年(1722)上人まで、
那智の浜からは25人の観音の信者が補陀落を目指して船出したと伝えられています。
 
補陀落渡海の多くは11月、北風が吹く日の夕刻に行われたそうです。
渡海僧は当日、本尊の千手観音の前で読経などの修法を行い、続いて隣の三所権現を拝し、それから船に乗りこんだといわれます。

渡海僧は、30日分の食料と灯火のための油を載せて、小さな屋形船に乗りこみます。
渡海僧が船の屋形のなかに入りこむと、出て来られないように扉には外から釘が打ちつけられたそうです。
渡海船は、白綱で繋がれた伴船とともに沖の綱切島あたりまで行くと、綱を切られ、あとは波間を漂い、風に流され、いずれ沈んでいったものと思われます。
渡海僧は、船が沈むまでの間、密閉された暗く狭い空間のなかでかすかな灯火を頼りに、ただひたすらお経を読み、死後、観音浄土に生まれ変わることを願い、そして、船は沈み、入水往生を遂げたのでしょう。

船のしつらえや渡海の方法などは時代により異なるのでしょうが、補陀落渡海とは、いわば生きながらの水葬であり、自らの心身を南海にて観音に捧げる捨身行だったのですね。(補陀落渡海の記述に付きましては、「み熊野ねっと」を引用させて頂きました。ありがとうございましたm(__)m)

信仰とは?なんでしょう?本来「神道は自然崇拝」「仏教は現世での解脱」だと思うのですが、皆さんいかがでしょう。

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(カラス文字で描かれている有名なお札、午玉宝印。 これは熊野那智大社のもので、71羽のカラスで那智滝宝と書かれてあるのです。読めますか?)


題名の「御神符が欲しい~」ですが、熊野那智大社のお札はカラス文字で書かれたもので大河ドラマでも出てきていました。

私は勉強不足で知らなかったのですが、先輩ブロガーのUPで教えていただきました。
古くから熊野の神々は信仰の対象だったのですね~!知っていれば、いただいていたんですけどね~(笑)
 
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コメント

非公開コメント

間違えちゃった

こんばんは。いつもお世話になっております。

おさつがほしいのかと、勘違い。えへ。
次に行くときの宿題になりましたね、熊野三山の牛王符。

それから、引用部がとても多いので、やはり出典は記すべきかと思います。

み熊野ねっと
http://www.mikumano.net/meguri/fudaraku.html

ネットを引用するのは恥ずかしいことではありませんもの。

つねまるさんいつもコメントありがとうございます。

> こんばんは。いつもお世話になっております。
>引用部がとても多いので、やはり出典は記すべきかと思います。
> み熊野ねっと
> http://www.mikumano.net/meguri/fudaraku.html
> ネットを引用するのは恥ずかしいことではありませんもの。

いつも気にかけていただいて、ありがとうございます。
商業ベースではないということで、配慮が足りなかったですね。
ご指摘ありがとうございます。

引用について勉強することが出来ました。
また、何かありましたらご指導いただけるとありがたいです。
よろしくお願いいたしますね(笑)

No title

こんばんは。つねまる・ザ・こじゅうとです。

せんせい、牛玉符ってなぁに?

つねまるさんコメントありがとうございます。

> こんばんは。つねまる・ザ・こじゅうとです。
> せんせい、牛玉符ってなぁに?


牛玉符って書いてますか?
午王宝印(午玉宝印)はみ熊野ねっとに出ていますよ~(笑)
私の確認不足かな?
もう一度チェックしてみます。

No title

あ、印がありましたー。

つねまるさん~コメントありがとう~(笑)

> あ、印がありましたー。

文章が下手なので、投稿後も結構文章いじりますが、
今回つねまるさんのご指摘で「御札」と出典は訂正いたしましたが、
こちらは触らなかったです。

それに、小姑なんてとんでもありません。
読んでいただいて本当にありがたいですし、勉強させていただいております。
今後もよろしくお願いいたします。