2016/08/26

何故村社なんだ~?意宇六社『真名井神社』

やっぱり出雲!と言いますか?
まだまだご紹介出来ていない場所や寺社仏閣が多くて(笑)
京都や奈良をUPし始めたらどうなってしまうのか!怖い気もしますが、お付き合い下さいね🎵

さて今回は、『真名井神社(眞名井神社)』島根県松江市山代町にある神社です。

CIMG2384.jpg
(朝七時の真名井神社です。)




天の真名井とは、「古事記」「日本書紀」において、高天原の「神聖な井戸」を意味し、神聖な水につけられる最高位の敬称です。
以前鳥取県米子市淀江の天の真名井をご紹介しましたね。
天の真名井

意宇六社の一つ(此までに四社御紹介しました。)で旧社格は村社(村社なのが不思議)。
『出雲国風土記』意宇郡条の神名樋野に比定される茶臼山の南東に鎮座します。

一般的には「神奈備(出雲風土記の意宇では神名樋野と記載されます。)」とは神をまつる神聖な場所の事です。

出雲風土記ではその他にも秋鹿郡の神名火山通説では松江市の朝日山に比定され、縦縫郡の神名樋山は出雲市の大船山に比定。出雲郡の神名火山ほ出雲市の仏教山に比定されています。

御祭神は伊弉諾神天津彦根命を祀ります。

『出雲国風土記』には、2社の記載が有ります。
意宇郡条に在神祇官社の「眞名井社」「末那爲社」本殿向かって左の末那爲社(倉稲魂神)で、風土記にいう不在神祇官社です。
神官さんの話では元は真名井瀧のほとりにあったものをこの地に遷たそうです。

また『延喜式神名帳』出雲国意宇郡に「真名井神社」の記載があります。
しかし当社は天和3年(1683年)の『出雲風土記鈔』には「伊弉奈枳社」、享保2年(1717年)の『雲陽誌』には「伊弉諾社」と記載されており、江戸時代には「伊弉諾社」と呼ばれていた様です。明治に入り「真名井神社」と改称されました。

当社の祭祀は神魂神社の社家である秋上氏が神主と別火(神職などが日常用いる火による穢(けが)れを忌んで、神事・祭事に際して炊事の火を別にすること、この場合はその神職)を兼ね、社殿も両社を同時期に造営していた様です。

拝殿現在のものは昭和9年(1934年)に建てられたもの。本殿大社造。現在のものは寛文2年(1662年)に再建されたもの。 昭和49年(1974年)に県指定有形文化財に指定されたました。

CIMG2385.jpg(いつものパターンじゃないでしょうか~?)
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(意宇六社のパンフレットの表紙を飾る狛犬!出雲型、力強いですね~ほれぼれします。)
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(畑に向かう?おばあさんに狛犬見に来られたの?と聞かれました。地元でも有名なのかな?)
CIMG2389.jpg(手や口だけでなく、心も清めます。日本人で良かったと感じる瞬間。)
CIMG2388.jpg(やっぱりかい~腰が持ちません~涙。)

朝早く(七時)からお詣りいたしました。意宇六社のパンフレットに成っているように、狛犬が素晴らしいです。
神職さんが朝のお勤めをされておられましたので、終わるのを待って声をかけさせていただきました。
御朱印も快く頂けました。ありがとうございました。

CIMG2393.jpg(説明板)
CIMG2394.jpg(説明板だと末那為神社に成りますか?)
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(説明板の通りなら児守神社ですね。)
CIMG2390.jpg(拝殿です。高床になって土面なのも珍しいですね。)
CIMG2391.jpg(神殿は大社作りです。素敵な神社でした。朝早かったのも良かったですね。)

神社の東方に「真名井の滝」と呼ばれる滝があります。
『雲陽誌』ではこの滝の近くに「真名井荒神」があると記し、そこを風土記真名井社に比定されています。
この滝壺で汲まれた水は、古来より出雲国造の神火相続式や新嘗祭の際に用いられたとされます。

すぐそばには出雲国分寺址、国府址、意宇の杜などが在り古代出雲の中心地であった事を窺わせてくれます。
「芦原の中つ国」は此処なのでしょうか?疑問が確信に変わりそうなロケーションです。

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