2016/07/31

須佐之男誕生の伝説と「石上神社」の名前の謎!

今回ご紹介するのは小さな漁村の本当に小さな神社『石上神社』です。
しかしながら小さくても大きな謎解きのきっかけになるかもしれません。

前回の「韓竈神社」同様に「出雲風土記」新羅から引いた土地に在ること、海岸に近く朝鮮から船で来る事に適していること(逆に現在では道路も通じていますが、古代に舟以外で来られるような土地ではないです。)。

更に「石上神社」と言えば、奈良天理市の「石上神宮(神宮の名は他には伊勢神宮だけの日本最古の神社)」ですよね!そして石上神宮の御祭神は布都御魂大神 (ふつのみたまのおおかみ) 神体の布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿る神霊です。
「布都御魂剣」とは何か?素盞嗚尊が八岐大蛇を斬ったときの剣だと伝わっています
。岡山県(なぜ岡山県なのかも面白い疑問ですが?)の「石上布都魂神社」(いそのかみふつみたまじんじゃから)に祀られ、後に崇神天皇の時代、奈良天理市の石上神宮に移されています。

さてご紹介する『石上神社』ですが、御祭神は「布都御魂」
島根県出雲市塩津町279



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(本当に小さな神社です。漁村の生活感にあふれています。)
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(当然、村社)
CIMG2258.jpg(小さな土地にへばりつくようにありますが、大きな秘密が眠っているかもしれません。)

延喜式(901~923年)には宇美神社と記されており、古くからある神社です。
地元では、「須佐之男誕生の地」と伝えられています。
神社関係の資料では、それを否定していますし、歴史学世界では無視しているようです。

これに対し地元の人々の言い伝えでは、「江戸時代末期から役人や学者が訪れ、証拠となる古文書や社宝(太刀)をすべて持ち去り、返却されていない」らしいです。
「この事実が、逆に言い伝えの信憑性を高めている」と話していました。

神社の建つ場所は、海岸に近い高台で、背後は切り立った崖です。
小さな漁村ですが、地元の人たちが精一杯お守りしている気持ちが伝わってくる神社です。

本殿裏手に榊包まれたご神体の岩が在ります。布都御魂(剣にやどりし神霊)は本来のご神体「石神」を、奈良の石上神宮に倣って由緒を捏造したとの批判もあるようですが、氏子さんたちは「社宝」の剣が返却されればすべてが明らかになると話されている様です。

CIMG2259.jpg(うむ~、ちょっと不利?な由緒書です。)
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(御幣が巻き付いたご神体!神殿もなくむき出しっていうのも珍しいですね。)

最後に布都御魂こと「十握剣」ですが「記紀神話」の中では何度か出て来ます(握=一握りの長さ)。
須佐之男が八岐大蛇を斬ったときの十握剣は天叢雲剣によってかけてしまいますし、伊邪那岐火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ・加具土命)を切ったときの剣なら、須佐之男と天照の誓約で砕かれています。
また、葦原中国平定において、建御雷神(たけみかづちのかみ)大国主の前で十掬剣を海の上に逆さまに刺し、その切先にあぐらをかいて威嚇した十握剣は神武東征にも使用されたとされます。

全く同じ剣とは思えませんが歴史のつながり(この場合神話のつながりでしょうか?)は面白いですね。

耳よりり情報!社務所がありませんので、「石上神社」御朱印は鳥取県米子市「賀茂神社」さんが預かっておられて、そちらでいただけますよ。
前回の「韓竈神社」の御朱印も同様に賀茂神社でいただけます(私もいただきました。)。

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