2016/05/30

八俣遠呂智が味わった末期の酒は『甕酒か壺酒か?』

前回に続いて出雲神話の旅なのですが、小さな議論の、お話しにお付き合いください。

須佐之男命に倒された、八俣遠呂智が飲んだ八塩折之酒が入れられたのは、「甕酒」なのか「壺酒」だったのかも考察してみませんか?
なぜ、このような話をするかと言いますと、存在するんです。 『壺!』

そもそも、甕と壺ってどう違うと思われますか?
違いを定義した人がいるんですよね~暇人ではありませんよ。

陶芸の世界では「壺」が一般的に使われます。
甕って大きくて、中々売れないので作らないのかも知れません。

備前焼の森陶岳先生は凄く大きな、五石甕を作られたりされてますけれど(笑)。

甕も壺も、どちらも胴が膨らんだ容器のことですが、「首の直径が、口か胴の3分の2以上のものが甕、以下を壺」という、人類学の先生が定義した有名な説があります。
これは古代の土器を分類するための基準です。

幾つもの山をもまたぐ 八俣遠呂智ですから間口の狭い壺では呑みにくかったのではないででしょうか?、やはり私は、甕をプッシュしたいと思います(笑)。

しかしながら、今回紹介致しますのは「オロチの壺」が埋められているとの伝承が残る『八口神社』です。

【八口神社】
木次町大字西日登1524-1


八口神社1
(熊注意の看板が目印です。汗)
八口神社2(八口神社ご由緒)
八口神社の「御祭神」は勿論、須佐之男命 櫛名田姫命
八口神社4
(神社も可愛いいですね)

以下は境内の案内より抜粋したものです。
「八口神社」の境内にある「印瀬の壺神」
【壷神由緒】

「祭礼」旧暦六月三十日

「壷」口経四寸五分・腹経六寸五分・深さ五寸
八口神社3

神代の昔、須佐之男命が八岐の大蛇を退治なされる時、脚名槌、手名槌の夫婦に「汝等は八塩折の酒を醸り、垣を造り廻らしその垣に八門を作り、門毎に八桟敷を結い、その桟敷毎に酒船を置きて船毎にその八塩折の酒を盛りて待ちてよ」と仰せられた -古事記より-
その時の酒壷の一つを祀ったものである。昔土民がこの壷に触れたところ、俄に天はかきくもり山は鳴動して止まず、八本の幣と八品の供物を献じて神に祈ったところようやく鎮まったという。村人たちは人の手に触れることを恐れ多くの石で壷をおおい玉垣で囲み、注連縄をめぐらし昔のままの姿で昔のままの場所に安置することにつとめ現在にいたっているものである。
毎年旧六月晦日の夕刻には氏子全員がにぎやかに参拝し、昔ながらの八本の幣と供物を献じて壷神祭を続けている。昔から「印瀬の壷神さん」として広く知られている。

八口神社5(この下に神話の壺が埋まっています。インディージョーンズになった気分です。)


一寸は約3センチ、失礼を承知で「ちっちゃ!」八俣遠呂智に飲ませるのですよね、高志の国から八つの山を越えて、娘をさらいに来た大蛇族が、神話に変化したのかもしれないと思えますね(笑)。

氏子さんは七戸、これからも伝説を守っていってほしいと願うばかりです。
八俣遠呂智って本当は何なのでしょう?謎は尽きないですね、島根県雲南の土地は何が出ても不思議はない雰囲気でした。

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コメント

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No title

こんばんは。いつもお世話になっております。
ふむ。ちっちゃっ。あ、でもひとつが小さくても集合体になるから、大きくなるのかしら。
そうですかぁ、熊さんが出るのですね。先日、山城巡りの大先輩が木に登るツキノワさんに遭遇されたところでして。
三瓶温泉に時々行くのですが、出雲そのものよりも、雲南市の辺りの面白さもいいですよね。

温泉津まで一気に走った時は、失神しそうでした。でも、またこちら方面にはゆっくりと行きたいです。

いつもコメントありがとうございます。

コメントありがとうございます。

> ふむ。ちっちゃっ。あ、でもひとつが小さくても集合体になるから、大きくなるのかしら。
> そうですかぁ、熊さんが出るのですね。先日、山城巡りの大先輩が木に登るツキノワさんに遭遇されたところでして。
> 三瓶温泉に時々行くのですが、出雲そのものよりも、雲南市の辺りの面白さもいいですよね。

日本の原風景に出会える素敵土地です。

> 温泉津まで一気に走った時は、失神しそうでした。でも、またこちら方面にはゆっくりと行きたいです。

出雲は神話の故郷、神話の中に紛れ込んでしまうような感覚になります。
是非行ってみてください。