2016/06/03

今井雅之の遺作「手をつないでかえろうよ~シャングリラの向こうで~」完成!

私がブログを書き始めるきっかけになった、中学・高校の同級生の俳優!『今井雅之』君が企画脚本を手掛けた遺作映画「手をつないでかえろうよ~シャングリラの向こうで~」が完成しました。

手をつないで帰ろうよ
(命日に合わせてロードショウです。)
今井君が原作・脚本・主演を務め、2009年に上演された舞台を映画化したものです。
テーマは『生と死』です。

軽度の知的障害がある主人公の数奇な人生を通じて、生きる意味を問い、明日への希望を導きだす感動的な作品です。

今井雅之君は、ちょうど一年前の5月28日に急に旅立ってしまいました。

病気会見の彼の姿は、痩せ衰えて痛々しかった!

その後、ほんの一月程で彼の悲報に接することと成ってしまいました。
私だけでなく、他の同級生やフアンの皆さんもさぞかし残念だったはずです!

しかしながら、彼の生きた証しはこうして、作品として引き継がれて残って行きます。

今井雅之君の実家の檀家寺は「隆国寺」といって『関西花の寺二十五カ所』にも数えられる有名な曹洞宗のお寺で、太田住職も私達の高校の同級生です。

隆国寺
(素敵なお寺です。牡丹の花の時期にぜひいらしてください。)



今井雅之君の葬儀も彼が取り仕切りました。

曹洞宗は禅宗ですが禅の言葉の中に『両忘』という言葉が有ります。

仲良くさせていただいている、丹波布の作家さんから教えて頂いた言葉ですが!

世の中には表裏一体、相対する事柄が数多く有ります。
生と死、富と貧、愛と憎、善と悪、勝ちと負け等、この対立する両方をともに忘れ去る心を表しています。
対立する両者を忘れ去ることにより、相対的な考えを断ち切り、何物にも捕われない無我の境地を見出すことが出来ると説きます。

つまり、生にあっては生を忘れ、死にあっては死を忘れ、苦にあっては苦を忘れ、楽にあっては楽を忘れる心です。

この生と死、苦と楽の対立を否定し超越したとき、より高い次元の生と死、苦と楽を一つにした、釈尊のいわれる『覚り』、又は『解脱』の境地が体得されます(如来と成ることかな?)。

このように禅的な考え方では、二者択一(又は全か無)ということがなく、対立する両者を空じて捨ててしまいます。

この「両忘」の境地こそ、参禅者の求める絶対の世界といえます。

輪廻を絶ちきる事が本来の佛教の目的だったはずですが、日本に伝来して、日本の自然に培われた風土の中で、和の精神を取り入れた「大乗佛教」は、また新しい形の輪廻の考え方を産み出していると思います。

今井雅之君の死は悲しいが、彼が生を超越して育んだ物が、また新たな生の始まりと考えて、彼が生んだ映画を是非見てみたいと思います。

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