2015/11/21

大塩平八郎指名手配!

私の家系が、古いお話は以前にいたしました。

蔵もありますので、何かお宝でもないのものか?と私も思いますが、それほどは裕福だったわけでもなく、父は「若死の家系」だから気を付けろと良く言います。

祖父母も曽祖父も三十代で亡くなっておりますので、父も少年期には苦労もあったようで、女子供で、どうにかこうにか家を守って来たようです。

それでも、古い言い伝えや、時々は面白いものも発見されるので、ご紹介いたしましょう。

今回は大潮平八郎の人相書きです。

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但馬、豊岡市日高町誌(旧城崎郡日高町誌)に記載があるので確認していただけると思います。

江戸時代の指名手配書は人相書といいます。

テレビの時代劇では、似顔絵が必ず出てきますが、写真もない時代のこと、人相書の実物は、その人物の年齢、身体的特徴や話し方などが箇条書に書かれているもので、当人の似顔絵は描かれていません。

我が家に現存したものは、天保8年(1837)3月4日に出された大塩平八郎人相書で、天領生野銀山支配代官所への通達を、先祖が書き写したもののようで、以下のように書かれています。

一 、年齢四拾五六歳

一 、眉毛細く薄き方

一 、眼細く釣り候方

一 、耳常体

一 、言舌さはやかにて 尖き方

一 、其余着用不分

一 、顔細長く色白き方

一 、額開き月代青き方

一 、鼻常体

一 、丈常体 中肉

一 、其節着用鍬形甲着用

大塩平八郎人相書


祖先の書写しに間違いがあるとは思いませんが、日高町誌編纂のときの貸出のいきさつを記した曽祖母の書付には自信がありません。

写真をアップしたかったのですが、父は、この書付が、町から返却された記憶がないとの事、父の記憶違いか?蔵の中で眠りについたのか?

我が家のお宝の一つ、是非真相を究明せねばです。

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リュミエールブラン ネージュ

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