2016/05/06

須佐之男の愛の巣!日本初之宮『須我神社』

須我神社(すがじんじゃ)は、島根県雲南市にある神社です。

旧社格は県社。

須佐之男命が八岐大蛇退治の後に建てた宮殿が神社になったものと伝えられ、「日本初之宮(にほんはつのみや)」と通称されています。

須我神社1(以外にもこじんまりとしています。)
須我神社2
(日本初之宮、和歌発祥の地)
須我神社3

出雲國神仏霊場第十六番。

須佐之男命と妻の稲田比売命、両神の子の清之湯山主三名狭漏彦八島野命(すがのゆやまぬしみなさろひこやしまのみこと。八島士奴美神)を主祭神とし、諏訪大社の分霊の武御名方命(先日御柱祭りの坂落としで、にぎわっていましたね)を配祀しています。

『古事記』によれば、須佐之男命は出雲の国、肥の川沿いで一目惚れした櫛名田比売を護るために八岐大蛇を退治した後、妻の稲田比売命とともに住む土地を探し、当地に来て、あたりを眺め渡すと、澄み切った大気、雲の美しさ、天と地に溢れんばかりの命の息吹を感じ、「気分がすがすがしくなった」として「須賀」と命名し、そこに宮殿を建てて鎮まった。
これが日本初の宮殿ということで「日本初之宮」と呼ばれ、この時に須佐之男命が詠んだ歌が日本初の和歌ということで、「和歌発祥の地」とされています。



『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を』
まあ、歌も詠みたくなる気分でしょうね~(*^^*)
あれ?八重垣神社にも石碑があったような?

須我神社4

須我神社7
(ご由緒)
須我神社5(拝殿)

須我神社6(本殿)


天平5年(733年)、『出雲国風土記』大原郡条に記載されている「須我社」に比定されます。
風土記の時点では神祇官の管轄ではなく、延長5年(927年)の延喜式神名帳には記載されていません。
本来の祭神は大原郡海潮郷の伝承に登場する須義禰命であったものが、記紀神話の影響により須佐之男命に結び付けられたとも考えられます。

またまた?初の宮は後で作られたもの?不敬な想像はやめにして、素直な気持ちでお詣りしましょう(笑)

背後にある八雲山には、夫婦岩と呼ばれる巨石と小祠があり、当社の奥宮となっています。
この巨石は磐座であり、元は須賀の地の総氏神として信仰されていたものだそうです。
急いでいたので、奥の宮まではいけませんでした。残念!

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