2018/01/07

一月七日は、正月疲れの胃腸もケアして『七草粥』Modefai

一月七日は「人日の節句」、やはり『七草粥』ですね。私はお酒が飲めないので、お正月の飲み疲れということも無いのですが、年末からの風邪の影響でお腹の調子も万全とは言えません。

さらに、やはり文化の伝承は必要だと思いますので、一月七日の『七草粥』の話題は昨年もご紹介しましたが、更に丁寧に調べなおしての今日のご紹介です

P1070011.jpg(リゾット風七草粥、器に注目してください。島根「湯町窯」のガレナ柚の黄色素敵です。角皿は自作!)

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、春の七草
5、7、5、7、7で覚えると覚えやすいと亡き母に教わりました

子供の頃は母や祖母と畦道を探したりした経験があります。なずな(蕪)とすずしろ(大根)は、近年まで形の違いと思ってました。(笑)

それでは、『市郎右衛門』の日本史ブログをお楽しみ?くださいね(人´ω`*).☆.。
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【春の七草見つけてみよう】

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(今年は愛媛県JA西条、盛実 武志さんの名前入りです。)

流石に、現代では七草を全て摘みに行って集めるのはかなり厳しいでしょう。すべて集まらなくても良いと思うのですが、今はスーパーのセットで全て揃ってしまうのが、逆に残念だと思います。神戸といっても、私の自宅近辺は自然も多いので摘みに行っても良いのですが、冬休みの宿題に追われている子どもたちに、私のわがままを押し付けるわけにもいきませんから、スーパーで七草セットを昨日購入してきました。

本来は前日に七草を摘みに出かけ、7日の朝にお粥にしていただ きます。はこべら・なずなはわが家の庭でも見つけました。うんちく~!ナズナはアブラナ科ナズナ属の越年草です。別名ペンペングサ(ぺんぺん草)、シャミセングサ(三味線草)とも言われます。田畑や荒れ地、道端など至るところに生えています。ムギ栽培の伝来と共に日本に渡来した史前帰化植物と考えられています(そうだったんだ)。(;^_^A

子供の頃、すずな(蕪)と区別が付かなかったすずしろ(大根)は、お正月に1日だけ帰省した時に持ち帰った但馬産を使いました。今年は卵アレルギーの次女が先に食事を済ませていたので、にとろけるチーズと卵を入れてリゾット風に仕上げました。やはり土鍋で作ると熱々で美味しいですね。

【五節句と祝儀料理】

起源は中国から来ています。1月7日の「人日(じんじつ)の日」に行われる「人日の節句」の行事で、五節句のひとつです。節句(せっく)は、中国の陰陽五行説に由来して定着した日本の暦における、伝統的な年中行事を行う季節の節目(ふしめ)となる日の事です。日本の文化・風習に溶け込んで色々な行事が行われます。古くは節日(せちにち)とも呼ばれていました。

この日には、宮廷において節会(せちえ)と呼ばれる宴会が開かれていました。年間にわたり様々な節句が存在しており、そのうちの5つを江戸時代に幕府が公的な行事・祝日として定めています。それが人日の節句(じんじつ・1月7日)、上巳の節句(じょうし・3月3日)、端午の節句(たんご・5月5日)、七夕の節句(しちせき・7月7日)、重陽の節句(ちょうよう・9月9日)の五節句です。一番なじみのないのは、重陽の節句ですかね。

「御節供」と呼ばれた節句料理はもともと五節句の祝儀料理すべてをいっていたようですが、のちに最も重要とされる人日の節句の正月料理を指すようになって行きます。そして、今日では「おせち」として、正月三が日もしくは七日にかけての松の内の期間(正月飾りを付ける期間で地域差があるようです。)において食べるものを指すようになっています。ただ、今日でも「人日の節句」の七草粥など「節句料理」として残っているものがあります。

人日(じんじつ)1月7日、七草の節句とも呼ばれ七草粥を食べます。上巳(じょうし)3月3日、桃の節句とも呼ばれ、雛祭として菱餅や白酒などを食します(雛あられ、メーカーの陰謀?)。端午(たんご)5月5日、菖蒲の節句とも呼ばれ、菖蒲酒(知らなかったです。)、菖蒲湯の習俗があります。ゴールデンウィークなので、実家に帰省しているときには、山の堤(わが家の用水池)に生えている菖蒲を取ってきてお風呂に入れます。関東地方では柏餅(これも全国区ですね。)、中国地方や関西地方ではちまきを食します(但馬でちまきを食べた事ないですけどね)。

柏餅についてですが、柏餅で使われているのは、文字通りカシワの木の葉ですが、柏の木というのは「コノテガシワ」という木のことを指しますが、実はコノテガシワの葉は細長い形をしており、我々が知っている柏餅を包んでいる葉とは異なります。実際には我々の知る柏餅の葉は「槲(カシワ)の木」の葉が使用されています。同じ「カシワ」でも、「柏」餅の柏ではなく槲の木の葉だったといううんちく話です。
 
さらに、鳥取県に単身赴任して知ったのですが、地域によってはサルトリイバラという木の葉が使われています。これは、近畿から西の地域に多く、柏の木が少なく、柏の葉が取れないのが理由と推測されます。使用している葉は、地域や習慣によって違うようです。

七夕(しちせき)7月7日、七夕(たなばた)の方がなじみがありますね。裁縫の上達を願い素麺を食べるそうです(これも知らなかった)。重陽(ちょうよう)9月9日、菊の節句とも呼ばれ菊を浮かべた酒などを飲むようです。 節句に飾られる人形(雛人形、五月人形など)は、節句人形(せっくにんぎょう)とも呼ばれています。

【七草粥の歴史】

文字通り 「人の日」という意味で、古代中国で元日に鶏、2日に犬、3日に猪、4日に羊、5日に牛、6日に馬、7日に人、8日に穀を占う行事があり、7日は人に刑 罰を与えたりせず、7種の若葉を粥に入れて無病息災を願っていたことに由来します。

この中国の風習が日本へ伝来し、当初は宮廷で行われ、古来から、日本に有った雪の間から芽を出した若菜を摘む七種の行事は「子(ね)の日の遊び」と呼ばれ、正月最初の子の日に野原に出て若菜を摘む「若菜摘み」とも言われていました。この古来からの風習と結びついて、のちに「七草粥」となり、貴族社会から庶民に広がったようです。更に、江戸時代に五節句のひとつとして定着しました。

枕草子にも、「七日の若菜を人の六日にもて騒ぎ……」の記述があるようですが、当時は羹(あつもの)と呼ばれる汁だったようです、室町時代の頃から粥に変化したと考えられています。

【最後に一言】

本当は子供たちと、図鑑片手に家の周りに探しに行きたいと思うのですが、中々付き合ってはくれません。このような、日本文化の伝統は、できるだけ子供たちに引きついでいきたいと思うのですが、私の考えの押し付けはいけないのかもしれません。毎年父親が行っている風習を、自分たちの代に成っても続けてくれると嬉しいのですが…

歴史って本当に面白いですよね~!
今後もランキングにはこだわって良い記事をUPしたいと思います。はげみになりますので宜しくお願い致します(^人^)
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