2017/06/03

「八岐大蛇」の首を切り落とした「十束の剣」を追って『石上神宮』へ①。

「日本最古」の称号をもつ神社を、三社を一度に参拝できる道、それが奈良「山辺の道」です。
今回は、日本神道の始まりと、原始のままの「神」を今に伝える神社をピックアップして、皆様にご紹介します。

本日御紹介するのは『石上神宮』です。

P5190170.jpg(本当に五月かと思うような暑い日でした。古代の武器庫石上神宮!)

日本神話で「須戔鳴尊」が八岐大蛇の首を切り落とした時、尻尾から出てきた剣が「天叢雲剣(草薙剣)」で『三種の神器(天皇の証)』の一つであることは、皆さんご存知ですよね。

常々私は、後で出てきた(少々不敬なのですが)「天叢雲剣(草薙剣)」より八岐大蛇の首を一撃の元に切り落とした『十束の剣』の方が霊力?が有るのではないか?とブログでも申し上げて来ました。
その十束の剣を祀るのがここ『石上神宮』なのです。

其では、『市郎右衛門』の日本歴史ブログをお楽しみくださいねm(__)m。
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P5190171.jpg(鳥居ですがうまい具合に紅葉の青葉で扁額が隠れています。)
P5190179.jpg
(布都御魂大神、神剣が神様です。)

【須佐乃男命の大蛇退治復習~!(日本書紀参考)】

高天原(たかまがはら)での悪さが度を越して、高天原を追放された須戔鳴尊(すさのおのみこと)は、出雲の国(島根県)、斐伊川(ひいがわ)上流の鳥髪(現船通山、登山してきました♪)に降り立ちます。

船通山11
(おっさん初めての登山が船通山でした。)

須戔鳴尊が上流へ向かうと、一人の娘を囲んで泣いている老夫婦を見つけます。
二人は脚摩乳(あしなづち)、手摩乳(てなづち)と言い、傍らにいた小さな娘が奇稲田姫(くしいなだひめ)でした。
須戔鳴尊が、泣いている理由を尋ねると、「私たちには、8人の娘がいたのですが、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)がやってきては、毎年娘たちを一人ずつ食べていったのです。そして今年もまた八岐大蛇がやってくる時期がきたので、最後の娘である奇稲田姫も食い殺されてしまうかと思うと悲しくて、涙が止まらないのです」と申します。

須戔鳴尊がその八岐大蛇とは何者だと尋ねると、「一つの胴体に8つの頭、8つの尾を持ち、目はほおずきのように真っ赤であり、体には苔や檜、杉が生え、8つの谷と8つの丘にまたがるほど巨大で、その腹は、いつも血でただれている」と2人は答えました。

その恐ろしい風貌に須戔鳴尊はしばらく考え、「あなたたちの娘・奇稲田姫をわしにくれるなら、八岐大蛇を退治してやろう。お前たちは今からわしの言う通りにするのだ。そうすれば、化け物は必ず退治できる」と切り出しました。
須戔鳴尊の急な提案に脚摩乳、手摩乳は戸惑いましたが、「娘の命が助かるなら」と頷きました。

須戔鳴尊は、退治の準備の前に、まず嫁になった奇稲田姫の身を守るために、彼女を爪櫛の姿に変え、髪にさしました。
そして脚摩乳、手摩乳に、「8回も繰り返して醸造した強い酒を造り、また、垣根を作り、その垣根に8つの門を作り、門ごとに8つの棚を置き、その棚ごとに酒を置いておくように」と指示を出しました。

二人は言われたとおりに準備し、八岐大蛇がやってくるのを待つっていると、そこに八岐大蛇がすさまじい地響きを立てながらやってきました。
そして、8つの門にそれぞれの頭を入れて、がぶがぶと辺り一帯に響き渡る豪快な音をたてながら、酒を飲み始めました。
酒を飲みほした八岐大蛇は酔っ払ってしまったのか、ぐうぐうとすさまじいいびきをかきながら眠り始めました。

その時を待っていた須戔鳴尊は刀を振りかざし、八岐大蛇に切りかかり、体を切り刻み始めたのです。
刀が八岐大蛇の尻尾に差しかかった時、何かが刃先に当たり、中を裂いてみると、なんと剣が出てきました。この剣は、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)で、不思議に思った須戔鳴尊は、姉(天照大御神)にこの剣を献上したと伝えられています。
八岐大蛇を無事退治し、この出雲の地が気に入った須戔鳴尊は、ここに奇稲田姫と住むための宮殿を造ることにしました。
この宮殿を作る最中、雲が立ち上がった様子を見て、須戔鳴尊は歌を詠みます。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(ご)みに 八重垣作る その八重垣を」、これは、日本で初めて詠まれた和歌として神話に残されているのです。

八重垣神社A
(島根県八重垣神社の石碑です。須戔鳴尊絶好調です。)

その後、須戔鳴尊と奇稲田姫の間には多くの子どもが誕生、そのうちの1人、須戔鳴尊の7世の孫が、因幡の白兎でも有名な大国主命(おおくにぬしのみこと)とも言われています。
余談ですが、大国主は須戔鳴尊の娘、須勢理毘売命と結ばれているので、「大国主」は一人ではなく出雲王の称号なのかもしれませんね。

この八岐大蛇を切り刻んだ剣こそ『十束の剣』です。

【十束剣てどんな剣?】

十束剣(とつかのつるぎ)は日本神話に登場する剣で「十握剣」「十拳剣」「十掬剣」など様々に表記されます(同じ一本の剣だとは思えませんね)。
様々な場面で登場していることや、「10束(束は長さの単位で、拳1つ分の幅)の長さの剣」という意味の名前であることから、一つの剣の固有の名称ではなく、長剣の一般名詞と考えられ、それぞれ別の剣であると考えらます。

その中で『石上神宮』に関係が有ると思われる剣を抜粋してご紹介します(近頃女性の間で日本刀ブームが盛んなようですが、こちらはそれら刀とは性質が違うと思います)。

「天之尾羽張剣(伊都之尾羽張剣)」
天照大御神と須戔鳴尊の誓約の場面では、古事記では須戔鳴尊が持っていた十拳剣から天照大御神が3柱の女神を産んでいます(宗像三女神ですね)。

「天羽々斬(あめのはばきり)」最も有名な剣といえますね、八岐大蛇退治の時に須戔鳴尊が使った十拳剣(別名「天羽々斬」です。
羽々とは大蛇の意味)で、八岐大蛇の尾の中にあった草薙剣に当たって刃が欠けたとされます。
この剣は石上布都魂神社(現・岡山県赤磐市)に祭られていましたが、崇神天皇の代に石上神宮に遷されました。
石上神宮ではこの剣を布都斯魂剣と呼び、本殿内陣に奉安され祭られています。

「布都御魂剣(韴霊剣)」
葦原の中津国平定の説話において、「建御雷神」らが大国主の前で十掬剣を海の上に逆さまに刺し、その切先にあぐらをかいて威嚇しました。
この剣は後に神武東征の場面において神武天皇の手に渡る事となります。
そこに、この剣が「佐士布都神」(さじふつのかみ)「甕布都神」(みかふつのかみ)または「布都御魂」(ふつのみたま)という名前であると記されています。
現在は上述の布都斯魂剣と共に、石上神宮本殿内陣に御神体として奉安され祭られています。

P5190193.jpg(綺麗な楼門「重文」ですね~。)
P5190196.jpg(前から見るとこんな感じです。)

【石上神宮御祭神三柱】

「石上神宮」は武門の棟梁である物部氏の総氏神として、当然のことながら?剣を御祭伸としてお祀りしています。

その三柱とは、神武天皇東征の砌、国土平定に偉功をたてられた天剣(平国之剣)とその霊威を「布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)」、古事記・日本書紀に見える国譲りの神話に登場される武甕雷神(たけみかづちのかみ)が用いた剣だそうです。
鎮魂の主体である天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづのたから)に宿る起死回生の御霊力を称えて、神体に宿る「布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)」です。

最後は天十握剣(あめのとつかのつるぎ)に宿られる御霊威を称えて「布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)」素盞嗚尊が八岐大蛇を斬ったときの剣だと伝わっています。
岡山県(なぜ岡山県なのかも面白い疑問ですが?)の「石上布都魂神社」(いそのかみふつみたまじんじゃから)に祀られ、後に崇神天皇の時代、奈良天理市の石上神宮に移されています。

P5190204.jpg
(こちらご神体では無いです。国宝「七支刀」古代の日朝関係を考察できる刀として重要です。)


【石上神宮データ】

所在地:奈良県天理市布留町
社格等:式内(名神大)、二十二社(中七社)、旧官幣大社
神社創建:(伝)崇神天皇7年
本殿の様式:流造
札所等:神仏霊場巡拝の道19番(奈良6番)

【社名別名】

石上振神宮・石上坐布都御魂神社・石上布都御魂神社・石上布都大神社・石上神社・石上社・布留社・岩上大明神・布留大明神
(おいおい!)などがあります。
幕末~明治期には地元で「いわがみさん」と呼ばれていた様です。

なお『日本書紀』に記された「神宮」は「石上神宮(他には伊勢神宮の二つだけ)」です。
つまり日本最古の神社といっても過言ではありませんね。

P5190227.jpg(楼門を少し上から撮影しました。)
P5190237.jpg(上部のみです。綺麗な木組みですね。)
P5190199.jpg(国宝の拝殿です。)
P5190201.jpg(本殿も入れて撮影しました。剣だけに枕木立っています。男神様です。)

長くなってしまいました?
まだ写真が有るので次回お見せしたいと思います。

いつも応援、ありがとうございます(^人^)。
歴史って本当に面白いですよね~!

今後もランキングにはこだわって良い記事をUPしたいと思いますので宜しくお願い致します(^人^)
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