2016/08/22

炎との戦いは開けて見ないと分からない!『歴史とへたっぴ陶芸』

昨年から始めた陶芸教室も早いもので一年と3ヶ月が経ちました。

皆さんには、教室の吉村先生や仲良くさせていただいている陶芸作家さん、旅行先で出会った素敵な陶器に混じって、私の稚拙(センスは有ると思うのですが、笑!いかんせん技術が(T^T))な作品もどきどき見ていただいていたのですが、今回もそんなへたっぴな作品を観ていただきたいと思います。

一応、歴史Bloggerを偉そうに名乗って?いるので、私が最終的には目指したい古伊賀陶器の歴史も少しだけ紐解こうと思います!

伊賀焼は鎌倉時代初期に伊賀地方で生まれます。
当初は主に無釉焼締めの日用雑器を作る窯にすぎませんでしたが、室町時代後期千利休の侘び茶が大成されると伊賀焼の作為のない風情に注目が集まり、盛んに茶会で用いられるようになります。

秀吉の朝鮮出兵に伴って、登り窯の技術や陶工が数多く来日することにより飛躍的に生産性が高まります。
しかし、古伊賀は穴窯の極限状態でなければ、あの色は出ないかもしれません。

天正13年(1586)筒井定次(筒井順慶の跡継ぎ!筒井家は大和郡山に領地を所有していましたが、秀吉は畿内については一門近臣で固める政策を実施し、この国替えで大和には秀吉の弟大納言秀長が大和郡山に入国し、代わって定次は領国を大和から伊賀上野に移封されました。畿内と近畿は違います。)が領主になると伊賀焼は隆盛を迎えます。

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(大和郡山城!筒井定次がこの城から追い出されなければ?、あの素晴らしい陶器は出来なかったのです。)
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(天守の石垣修理中!今回は郡山城が本命ではないので、次の機会に
またゆっくりお話しいたします。)

定次は千利休の高弟古田織部に茶の湯を学んだ数寄者として知られ、織部指導の下素朴で豪快な茶器を数多く焼かせます(筒井伊賀)。
この作風はその後藤堂高虎・高次親子を経て高虎の娘婿小堀遠州に引き継がれました(藤堂伊賀)。
これらを古伊賀と呼びます。

伊賀焼は別名七度焼といわれますが、これは土を高温(1400度とも)で何度も焼成するからです。
その際わずかに鉄分を含んだ土が燃えるような赤褐色に変化します。
また窯の中で降りかかった灰は萌葱色や青緑のビードロ釉となって流れだし煌くような美しい景色を作り出します。
形は歪みや膨らみが強調されており、ありきたりな調和は求めない。
へら目は奔放でどれ一つとして同じものは有りません。
水指や花生けは耳を持つものが多く、俗に「伊賀に耳あり信楽に耳なし」といわれています。
またひび割れや欠けは本来なら欠点ですが、造形性の強い伊賀焼では再現性のない「破格の美」として高く評価されています。
これらの古伊賀は、その後この地で起きた大飢饉の影響を受けわずか20年あまりで姿を消してしまいました。
幻の焼物といわれる所以です。

基本的には、古代の琵琶湖の粘土を用いることでは、信楽焼と変わらないのですが、信楽焼は「緋色とビロードの調和」と言われ、古伊賀焼は「ビロードごげの調和」と言われています。
物によっては城ひとつに匹敵すると言われる古伊賀は究極の陶器だと思います。

そのなかでも有名な「重要文化財」の水差し「破れ袋」はあの「何でも鑑定団」中島清之助さんが世界一の陶器と言うほどで私も凄く好きなのですが、同じ水差しの「欲袋」が名の付け方といい、笑ってしまうほど好きで(笑)

02094_001[1]
(破れ袋、五島美術館蔵、美術館のHP写真をお借しました。)
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(欲袋!公益財団法人 石水博物館、こちらもHPよりお借りしました。)

破れ袋を真似して造ってみたが欲が出て本当に破れてしまったというのですから、正に欲が割れ目からこぼれているようです。 

うちの吉村先生が古伊賀の名作「寿老人(古伊賀の名作)」にチャレンジした!と見せて下さった花器が素晴らしかっったです(お値段は秘密、仲介させて頂きます😉)。

CIMG1370.jpg
(いいですね~笑、悪く言えませんけどね。)

古伊賀は何度も焼かなければ成らないこともあり、燃料代がかさむことから、陶芸家の間では、手を出すと破滅に繋がるとも言われるそうです。

陶器は火の作品です。有名な作家さんが、窯だしの時に自分の作品を思った通りの作品に成らずに、割り捨てておられるシーンをテレビなどで見られ間たことは有りませんか?
どんなに一生懸命陶器を造っても最後の窯焼きでは、計算通りに行かない事も多々有るのです。
ごくごくまれな偶然を覗いて、自分の力を120%注がなければ、炎の神様も此方を向いて下さらない訳です。
というわけで、近々に焼き上がった私の作品を観ていただきましょう。

CIMG1374.jpg
(一輪指しと片口です)
(白化粧各皿と刷毛目茶碗白白はおとなしすぎたので鉄彩でライン入れたのですが、ろくろの上達がみられますね。)


刷毛筆もわらを買ってきて自作しました。生徒のやる気に合わせてなんでも教えていただけるのが、うちの教室の良い所です。

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2016/04/30

またまた焼きあがった下手な陶器をUPしちゃうよ(笑)

ゴールデンウイーク中に、陶芸の先生が陶器市を開かれるのでついでに?生徒のわたくしの分も焼いてくださいました。
芙蓉窯ホームページ
陶芸2

今回は蓋つき壺(梅干し入れ)。
茄子のつもりだったのですが、中心が少し上過ぎて、どんぐりのようになってしまったので、釉薬もイラボでどんぐりに見立ててしまえと、思ったのですが、中途半端に出来上がってしまいました。

さらにティーカップ二つです。
一つはしのぎという削り技法を用いているのですが、均等に削り出すのは難しいのです。
取っ手の上に親指を乗せてカップの重みを軽減する工夫(民芸の物には多い工夫なんです)を施しているのですが、こちらもカップのサイズ不足で、無用の長物になってしまっています。

もう一つはイッチン(線描技法)を施そうとしたのですが、事情があって間に合いませんでした。
残念~早く上手になりたい~!

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2016/04/24

久しぶりに『私の陶芸』を紹介しますm(__)m

陶芸教室を決してサボっていたわけではないのですが、ろくろでの作品作りがうまくならずに悩んでおりました。

丸一日時間がある時ではないと、ろくろでの作品作りに取り掛かる気にならなかったのですが、先生のアドバイスをいくつかいただいて、少しコツがつかめたのか?肩の力が抜けたのか、半日あればどうにか、ろくろの作品作りに、挑戦できるようになりました。

今回お茶碗等を焼いていただいたので、ご紹介したいと思います。
まだまだ下手なのですが、今年一年で教室で一番上手になることを目指しています(結構難しい目標です。)。

私の陶芸2

まず写真上左の白いサラダボールですが、たたら作りを型にはめて丸みを持たせ、高台をつけて、信楽の白土わら釉薬を施しています(上部にギザギザを施してアクセントを出しました)。

次に上の青い器ですが、少し珍しい?青イラボ釉薬を使っています。

最後の二色のお茶碗は同じく信楽の白土に黒イラボの釉薬をかけるのですが、少しかけ残しを作り重なるようにわら釉薬をかけて白と黒の間に混ざり合った部分を作っています。

陶芸は炎という自然との闘いでもあります。
窯焼きは先生にお願いしてるとはいえ、作成段階で最善を尽くさないとなかなか満足のいく作品はできません。
改めてプロの陶芸家さんはすごいと思い知らされます。

もっともっと上手に成りたい~!

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2016/03/16

『森陶岳』の85メートル登り窯は、古備前を凌駕したのか?

備前焼の大家、森陶岳先生の展示会に岡山市迄出かけて来ました。

陶芸に興味がある方なら、森陶岳先生の全長85メートル・幅6メートル・高さ3メートル「森陶岳大窯」プロジェクトはご存じでしょう。

昨年1月に火入れして、燃焼三ヶ月半!さらに冷ますこと三ヶ月!窯出しは八月というビッグプロジェクトの完結を見ない訳にはいかないじゃないか、の意気込みで、2月10日(UPに一月以上もかかりました。笑)に仕事をずる休み?して出掛けて見て来ました。

場所は岡山駅前のシティミュージアムです。平日だったせいか、割りと人も少なくゆっくり観賞することが出来ました。

最高1200度まで上昇させ、107日間焚き続けた数千点の作品のなかから、「五石甕」 などの大甕、甕、大皿、花入など大小の作品約50点が展示されていました。

講演 「森陶岳、大窯プロジェクトについて語る」 も 2月7日(日)、14日(日)、21日(日)に有った様ですが、残念ながら都合が会いませんでした。

備前焼で、私が気にかけている若手(そろそろ中堅かな)作家さん(申し訳ありませんが、お名前は人気が上がり、私が購入出来ない事態が起きるとも限らないので、了見が狭いですが、教えられません、汗)の個展も近くで有ったので、一緒に行ってきました。
  
森陶岳先生(イメージしていたよりも背が高くて精悍な方です。)も居られて、握手していただきました。

古備前の凄さを改めて確認し、自身の慢心(そんな事は誰も思わないと思うのですが)に気が付き、古備前の技法復活に取り組見始めて、40年経過したそうです。

森陶岳大窯ならではの複雑な焼成環境が、過去には見られなかった独特の焼け色(これが備前焼?と思う物が有ったり、カビやねん菌の様な美しい、自然のビロード)を生み出していました。

森陶岳写真集1
(白いビードロ!粘菌にしか見えない窯変です。笑)

「公的工業試験場による成分分析では古備前と同等の数値を示すなど、大きな成果をあげた作品の数々をご覧ください」と、監修の白井洋輔さんがおっしゃる通り素晴らしの一言です。

先ず、入り口入って正面に五石瓶!五石ですよ、一合が180ミリリットル、一合の十倍が一升、一升の十倍が一斗、一斗の十倍が一石、さらにその5倍ですから、水を入れたら900リットル、約1トンです(笑)。

森陶岳写真集2
(写真集歪んでますが失礼します。)

身長174センチの私の肩位はゆうに有りました。

「何かに突き動かされてきました。後には引けません。陶芸人生のすべてをかけた挑戦です」との解説。

静かな口調ながら並々ならぬ闘志をみなぎらせる陶岳先生にとって、「新大窯」はまさに集大成であり、備前焼のみならず陶芸界にとっても画期的な一大プロジェクトなのです。

窯出しの作品がずらり並ぶ展覧会の開催が待たれるとの事でしたが、実現します。
森陶岳パンフ


写真の撮影が出来なかったので、サイン入り限定200冊の写真集を購入しました。

森陶岳サイン

陶岳先生に「次の火入れはいつ頃ですか?」と失礼にも質問してしまいました。

「そうだね~先ずは、この分を買って頂かないとね~、槇代が出ませんね~笑」とにこやかに笑われてました。

シティミーュージアムの1階上で岡山の常設展を行っておりましたので、そちらも見学して来たのですが、古備前の瓶も有りました。

陶岳先生の瓶の方が、数倍魅力的でした。
皆さんはどう感じたのでしょうか?気になりますね。

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2016/02/01

鎬(しのぎ)と面取りに魅了された『俊彦窯』

大阪万博公園の中大阪日本民芸館にミュージアムSHOPが有るのをご存知でしょうか?

その陶芸部門では先に紹介した出西釜湯町釜、それに、今回紹介する丹波焼の『俊彦窯』もあります。

俊彦窯


是非一度、工房に伺いたいと思っておりましたが、今回お休みを利用して行ってまいりました(といっても自宅から丹波焼きの今田地区迄30分程です)。

清水俊彦・剛さん親子が作陶しておられる窯です。
俊彦さんは、あの河井寛次郎の孫弟子に当たられるそうです。

日本民芸館で紹介されるには、それなりの訳があると思います。

俊彦経歴
(経歴も素晴らしいですね)

私が購入させていただいた、皿や蓋つきの物入れを、見ていただいてもわかりますように、鎬と呼ばれる稜線を出すための、削り取りの技法が特徴的で、素晴らしい熟練の技をみせておられます。

「刀の鎬を削る」に言葉が残るように、ギリギリのテクニックだと思いませんか?

もう一つの特徴は面取りなんですが、予算不足で今回は、断念しました。

私の先生もそうなんですが、ざっくりとけれんみなく面取りするのは難しいと感じます。よその陶器を見ていると、やはり躊躇が感じられる事もあります。

予算不足で断念と書きましたが、決してお高い値段では無いと思います(むしろお安いと感じました私の懐具合の問題です)。

俊彦さんはお優しくて、楽しくお話をさせていただきましたが、一昨年梅田での展示会中に脳梗塞で倒れられたとか、「皆の前で助かった」と話されておりました。
体をお大事に、まだまだ作陶頑張っていただきたいと思います。

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