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2018/06/10

安い?旨い?早くない!我が家の『牛丼』のレシピ教えます。「Allez cuisine!」

鬱陶しい梅雨が始まりましたね~!こんな時は肉でしょ?余り関係ないけど、牛丼作ろ!そうそう前回の神楽のお話も補足させていただきます。



【プロローグ】前回の補足と料理大好き市郎右衛門。


前回、「実家の神楽は伊勢大神楽(いせだいかぐら)の模倣と考える」と、お話をしましたので、伊勢大神楽を簡単に説明します(機会が有ればまた丁寧に説明させてください)。伊勢大神楽は獅子舞を舞いながら諸国を巡り、かつては伊勢神宮、現在では伊勢大神楽の神札を配布してまわる神楽師のことを指します、広義には彼らのおこなう芸能の総称です。神楽師達は各戸で竈祓(祈祷)を行う際に獅子舞を舞いますが、それ以外にも特定村落の鎮守社境内などで総舞と呼ばれる娯楽要素の強い芸能を披露します。

1954年(昭和29年)には三重県の指定文化財となり、1981年(昭和56年)には「とくに放下の芸系を遺す演目は芸能史的に貴重であり、獅子による曲芸という芸態にも特色があると認められている」との理由で、国の重要無形民俗文化財に指定されています(現在、伊勢大神楽講社所属の5社中が当該文化財の保護団体になっています)。

私は5年ほど前に、鳥取県の加藤菊太夫家の神楽を松江城で観覧する機会に恵まれました。神楽支配を家職としていた公家・持明院家と深い繋がりを持ち、主に鳥取県を檀那場(だんなば・得意先やテリトリーの意味)としていた加藤孫太夫の分家にあたる家元です。加藤菊太夫家は檀那場以外での総舞披露や公演活動にも力を入れている家元であり、2008年・2009年には韓国公演を行うなど、海外公演も積極的に行っておられます。古来よりの檀那場は、滋賀県・鳥取県・岡山県・島根県・大阪府・兵庫県です。

放下芸とは、中世から近世にかけて行われた大道芸の一つ。伊勢太神楽にも、綾(あや)とりの曲、水の曲、手鞠の曲、傘の曲などが「放下芸」として残っています。剣舞等に代表される竈祓(祈祷)と違い、曲と名付けらるコミカルな曲芸を指します。とても片手間で出来るようなものでは無いので、村々の神楽からは消え去ったのでしょう。演目も(約2時間近くだったと記憶しています。)長いですが、これも地区だけに御札を渡し竈祓をすればよいというものではなく、遠方からも呼ぶための一大エンターテイメントだった為と思われます。

さらに、私の私見で獅子舞のスト-リーを展開しましたが、獅子が伊勢神宮の使いなら「天照大御神」を表し、天狗「猿田彦命」は前政権の象徴なのかもしれません。私見は全くの逆説ということに成ります。

P6100008.jpg(シンプルなお肉だけの牛丼おいしそうでしょ。)

さて前置きが長くなりました。昨日三宮の病院に定期健診にまいりましたので、ついでにお肉を買ってきて『牛丼』作りました。たまに作るのですが、これがなかなかいけるので是非皆さんも挑戦して欲しいです。

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牛丼の誕生は明治時代に入ってからです。



牛丼(ぎゅうどん)は、薄く切った牛肉(切り落とし、小間切れ等、今回は違います。)とタマネギなどを醤油などで甘辛く煮込み、丼に盛った飯の上に載せた料理の総称です。

牛丼は牛鍋を丼飯にかけた料理が原型で、初期には「牛めし」と呼ばれ、明治時代に誕生しました(牛を食べる習慣自体が江戸時代にはありませんでした。)。「牛丼」の名称は、吉野家を1899年(明治32年)に創業した松田栄吉が名付けたとされています(やはり吉野家です!)。

すき焼き丼も同類とされています。すき焼きの名残から、しらたき、焼き豆腐、ネギなどを入れる店舗もありますが、大手の牛丼チェーンでは牛肉やタマネギのみが乗せられる場合が多いですね。また、食べる者の好みに応じ、紅しょうが、七味唐辛子、生卵などが付け合わせとして使用されることもあります(皆さんご存知ですよね。)。

牛丼は醤油ベースで調味されることが多いが、神戸らんぷ亭が2010年1月25日に発売した日本初の「塩牛丼」は味付けに塩ダレを使用している点で珍しいです。また、神戸らんぷ亭は、「味噌牛丼」も期間限定で提供し、醤油・塩・味噌の「牛丼3兄弟戦略」を2010年に展開したそうです(覚えてますか?)。このほか、牛肉を焼く調理法を採用したメニューでも牛丼の範囲として扱う場合があり、その際は「焼き牛丼」と呼ばれています。

牛丼の歴史を紐解こう。


P6100007.jpg
(2.5キロの肉ですから大きな寸胴で作りますが…台所が汚くて写真は小ぶり。(-"-;A ...アセアセ)

牛丼の源流に該当する料理は牛鍋であり、1862年(文久2年)横浜入船町の居酒屋「伊勢熊」が店の半分を仕切り、日本初の牛鍋屋を開業したとされています。幕末から明治時代初期の牛肉は硬く獣臭さが目立ち、それらを緩和するために関東の牛鍋は紅葉(鹿肉の別名)鍋に類似した内容で、具材は牛肉(当時はまだ薄切り肉の使用が定着しておらず、角切り肉を使う場合もあった)とネギのみで味噌仕立ての味付けで、煮るか炒め煮にする調理法が主流でした。ネギを五分(一寸の半分で約16 - 17mm)の長さに切ったことから、明治初期には具材のネギが「五分」と呼ばれたこともありました。

明治時代の文明開化により牛肉を食べる習慣が広まり、東京”芝”に外国人向け食肉加工場が完成したこと、などの要因から肉質が良くなるにつれ、関東地方の味付けは味噌から醤油と砂糖などを調合したタレ(割下)が主流になっていきます。1877年(明治10年)には、東京での牛鍋屋は550軒を超えて大流行となりました。1887年(明治20年)頃になると、具材において牛肉や野菜以外にも白滝や豆腐が使われ始め、ネギはザクザクと切ることから「ザク」と呼ばれ、この「ザク」という言葉は具材全体の総称にもなっており、これらを沢山の割下で煮た牛鍋が関東風すき焼きの原型となりました(なるほど~!)。

「牛丼」は当初、牛飯もしくは牛めしという名称で1890年代には発売されており、この時期の東京にはあったが京阪にはありませんでした。その後、1899年に創業した吉野家の牛丼も同様の料理であり、当時は「牛鍋ぶっかけ」と呼ばれ、主客である日本橋の魚河岸の人々に親しまれました。浅草や上野の広小路一帯にも牛丼の屋台が沢山出店しており、そこでは「かめちゃぶ」の俗称も使われていたそうです。かめちゃぶの表現は、古川ロッパ(1930年代の日本の代表的コメディアン・編集者、エッセイスト)の随筆集「ロッパの悲食記」の中でも登場しています。大正から昭和初期にかけ、牛スジの煮込みを使った屋台料理として浅草で人気を呼び、本格的な完成品となりました。

吉野家での具材は明治から大正時代は牛鍋と同様の時期が続きましたが、客側の「特に牛肉とご飯を一緒に楽しみたい」という要望が高まり、それを追求・進化していった結果、現在に通じる「牛肉とご飯を一緒に楽しむ」ことに特化した内容へ変化していったようです。

1973年から吉野家がファーストフードの一種としてフランチャイズチェーンを展開したことで一般に親しまれるようになった後、養老乃瀧、松屋、すき家、なか卯、神戸らんぷ亭などが牛丼(牛めし)をチェーン展開した(「養老乃瀧」は後に牛丼から撤退)。1993年当時、ダイエーグループの神戸らんぷ亭が恵比寿に1号店の出店を発表した際にはセゾングループの吉野家が即座に対抗し、2軒隣に吉野家恵比寿駅前店を開店して対抗しました。

各牛丼チェーンでは持ち帰り用の容器を用意しており、「牛丼弁当」としても販売しています。また注文の際に「つゆだく」など客の好みに合わせた盛りつけを無料または有料で行っている場合があります(私はつゆだくは結構です。)。これはチェーン店によってマニュアルを定めた内容に限り対応可能としている特殊なサービスです。吉野家ではこれを「特殊オーダー」と呼んでいるようです。ただし、これは店内のどこにも明示されていない「特殊」サービスです。

つゆだくとは(説明要りますか?一応ね。)牛丼における盛り付け指定の一種であり、具材の汁(つゆ)を多めに盛りつけた状態のことを指す符丁です。 つゆを少なめに盛り付けることはつゆ抜き(つゆ切り)とよばれています(知りませんでした。)。また、つゆだくだくというさらに多めにつゆを盛り付けた状態を指す言葉もある。ときに「つゆだくだくだく…」のように、「だく」を多くしてつゆをとても多くしてもらう人もまれにいるようです。「だく」は「たくさん」の「たく」が濁ったものだという説と、「だくだく」という擬音が短縮されたものだという説があります(どっちでもいいよね。)。

つゆだくの語源・普及は、1950年代頃につゆを多めに頼む常連客が存在しており、その注文を簡潔に調理場へ伝えるため店員同士のやりとりに使用する合い言葉(符丁)として使い始めたとされ、1990年代中頃には一般にも定着し、1997年頃につゆだくで牛丼を食べることが女子高生の間で流行して一気に広まりを見せました(やっぱり流行はJKが作るんやね。)。店側にとっては、通常の注文と同価格でより多くのつゆを提供することとなるため、一品当たりのコストが増すことに成ります。ある牛丼チェーン店ではつゆだくに伴うコスト増が年間数億円に上るといわれます。

吉野家、すき家、松屋では、つゆだく牛丼弁当を注文すると弁当容器の上につゆだくと印刷されたシールが付くので、中を開けなくてもつゆだく牛丼弁当を見分けることができるそうです。

又、ねぎだく・ねぎ抜きも存在します。ねぎだく・ねぎ抜きとは、牛丼における盛り付け指定の一種であり、ねぎだくは具材のタマネギ(玉ねぎか~(;^_^A)を多めに盛り付けた状態、ねぎ抜きはタマネギを抜いた状態のことです。吉野家では2007年12月をもって一部店舗を除きねぎだく・ねぎ抜きの注文受け付けを終了しています。すき家・松屋は現在もねぎだく・ねぎ抜き共に注文可能です。

メニューに表示されていませんが、一部のトッピングやメインの具材量を有料・無料で変更可能な場合があるそうです。松屋では福神漬の量調節やサラダのコーンを抜く注文が可能ですし、すき家では過去の期間限定メニューの一部が「隠しメニュー」という形で存在しており、牛丼の「キング」(940円、肉の量が並盛りの6倍、ご飯の量が2.5倍)と、「プチ」(130円、並盛りの4割ほどの量)が店内食のみで注文可能だそうです。吉野家では肉を多めに食べたいがご飯は少なくていい場合、大盛りを頼んでご飯少なめ(頭の大盛り)という注文で対応可能、なお、吉野家では現在「頭の大盛り」は正式メニューとなっているそうです(近頃食べて無です。)。

牛丼チェーンの地域的特性として、関東地区は吉野家・すき家・松屋が数百店規模で拮抗し、中国・四国・九州エリアではすき家が最も多く、信越・北陸ではすき家が吉野家の2倍以上の店舗を出店しています。大都市圏の傾向では東京では松屋が頭一つ抜けた店舗数で、大阪ではゼンショーグループであるなか卯・すき家の両社を併せた状態だと少し抜け出た店舗数となっています。 また、イベント会場などでテナントとして出店し、牛丼弁当などを販売するケースもあるようです。

さて、次はみそです(ちょっと疲れて来ました。笑)。みそ汁は有料である店舗が多いですが、店内食の場合に限りみそ汁を無料で付けるサービスを行う店もあります。大手チェーンでは松屋全店舗(持ち帰り牛丼は除く)、東京チカラめし全店舗(お持ち帰り牛丼は除く)、すき家の一部店舗(赤坂六丁目店など)で実施されています。

47都道府県すべてに展開している企業は吉野家とすき家のみである。2000年代の一時期では、こういった状況やエリアごとの店舗分布や売り上げから考慮して、吉野家とすき家の「2強」時代と見る傾向がありました。しかし2000年代後半以降に発生した価格競争に松屋も度々参戦したことから、すき家・吉野家・松屋の3社が「3強」「御三家」といった主要チェーンとして認識されています。

2010年代初旬では、低価格居酒屋チェーンの「居酒屋270」シリーズを展開した三光マーケティングフーズが2011年6月に牛丼市場に参入し、「焼き牛丼」を看板メニューとした「東京チカラめし」が新たな勢力として存在感を見せましたが、一過性のブームに終わり、2014年には直営店の8割を閉めています。牛丼市場は日常食として需要が安定していることや、新たにファミリー層などを取り込んだこと、低価格業態が消費者の支持を集めて堅調なことから、調査会社において2010年代前半から中盤にかけて市場の拡大が予測されています(2018年、どうですか?)。

A5神戸牛で作るにもかかわらず安い!でも、当日は食べられません(カレーか?)



さて、私がお肉(我が家ではお肉=牛肉です。鳥・豚は頭に着けますが、牛は基本お肉です。カッコつけてますがつまり牛肉あんまり食べられません。)を購入する店舗は決まっています。神戸大丸正面の「守屋商店」か神戸湊川の「太田屋」さんです。今回は時間の都合(店長以下従業員がお友達なので、長話に成ります。)や駐車場(神戸の繁華街で路上駐車できません。)の関係もあり、湊川の「太田屋」さんに向かいました。

購入したのは、当日特売の牛スジ肉2.5キロ(500g1280円が当日800円)です。「太田屋」さんが扱うのは、基本但馬牛を元牛とした神戸牛・三田牛・淡路牛そして但馬牛だけです。ですからスジといってもA5ランクのスジ肉なんですよねえ~。お肉の事をあまりご存知ない方はコンビニのスジおでんを想像されるかもしれませんが、全くの別物です。スジ肉と言っても馬鹿ににはできません。お肉の味がしっかりついているんです。

さて次は調理方法ですが、やはりあく抜きは行わないといけません。ずんどうに2.5kg のスジ肉を入れひたひたになるまで水を入れます。生姜とネギを臭み抜きで入れて煮立たせます。出てきたアクをとりながら 20分ほど強火で火にかけます。火を止めて中のお肉が外に飛び出さないようにしながら水を捨てます。そしてまた水をひたひたにして同じ作業を2度繰り返します。この作業によりスジ肉の臭み(余りないです。)や抜け残ったあくも取ることができます。

この作業の後肉を一度全て取り出し、口入る大きさに切断して寸胴に戻します。寸胴に戻した後、約2時間煮込んで肉を柔らかくします。スジ肉がすべて柔らかくなった頃を見計らって味付けをします。味付けはお好みで良いのですが基本は、お砂糖・薄口醤油・みりん・酒・きざみしょうが等です。私はシンプルなものが好きなので具材は玉ねぎだけですが、お好みでねぎや糸こんにゃくなどを入れても良いかもしれません。最後の15分程なったら、切った玉ねぎを四ケ分程投入ししばらく煮つめて火を止め一晩おきます。

翌日もう一度味が染み込んだスジ肉に火を入れます。前日に入れた玉ねぎは溶けている可能性があるので、サクサクの玉ねぎがお好みの方は、後で玉ねぎを二つほど追加してください。

さあ召し上がれ。


P6100030.jpg(下で使った器の説明をさせてください。)

まずは丼ですが、同じ物が無いのでこちらの写真にはありませんが、私の陶芸師匠・京焼の吉村先生作です。シンプルな先生得意の轆轤形ですが、薄くて使いやすく刷毛目のアクセントに御本手(萩焼に多い。)の模様が浮いています。次にかくてきを乗せた小皿ですが、出雲松江藩御用窯の流れを汲む布志名焼き、松平不昧公(大名茶人)好みの袖師窯で調達しました。「かけ分け(ブリュッセル万博陶芸グランプリ)」は伊達じゃないです。小さい小鉢は丹波・渓水窯の芥川啓子(清水焼)さんの「赤絵付け」兎の可愛さに負けた(器は御夫君の芥川清さんと共にテレビや映画の撮影にも使用されるそうです)。映画”関ケ原で”家康の燭台を作成、京都で女優さんの陶芸演技指導もされるとか…。箸置きは信楽焼きでFacebookでお友達に成って頂いている篠原さんの焼き締め(徳利買ったらおまけにくださった物。)最後に忘れてはいけないのがお箸、taka:aさんから誕生日プレゼントにいただいた箸です。

さて、「牛丼」総額はお肉の4000円+玉ねぎ200+消費税=4536円でしたが、十人前は作れると思うので、一人前に換算すると玉ねぎを入れても約450円で作ることができます。皆さんも是非参考にして作ってみてくださいね。

P6100027.jpg(ほらね~全然スジ肉じゃないでしょ!)

【最後に一言】味の秘訣は手間暇と愛情。


最後の一言は、味の秘訣ですがやはり”愛情”と言わざるを得ません。時間をかけて丁寧に作ること、めんどくさいことですがこれが一番の味付けになります。スジ肉は安いお肉ではありますが、お肉の味が一番出ると考えています。口の中でとろけるゼラチン、スジについた筋肉の味も最高です。スーパーで買った紅しょうがですが色合いも兼ねて載せてみましたどうぞご堪能ください(笑)。

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CROOZ


  
2018/03/29

「taka:aと愉快な仲間達!」『馬肉会話』もちろん食用馬肉にも歴史が有るよ!

こんにちは!市郎右衛門です。一昨日から天皇皇后両陛下も沖縄へ慰霊の旅にお出かけです。前回のペリリューは良いタイミングだったかもしれません。

さて、某日某所にて・・憧れのブロガーさんお二人と、お初にお目にかかっちゃいました~(*^^*)と出だし、内容とも超人気ブロガーの「ビー玉さん」のぱくりで始めさせて頂きました。内容もぱくりですが(笑)今回ビー玉さんの自宅が山奥って理由でm(__)m、先に帰られましたので、その後を引き継ぐ意味合いもございます。

(三月「馬肉会」の全貌をご紹介します)
実は今回の『馬肉会』にスペシャルゲストが来られる事は、事前に知らされていたのですが、お一人だけの名前しか上がってなかったので、まさかスーパーブロガーお二人に会えるなんて本当に幸せでした~(⌒0⌒)/~~反面、お土産を一人分しか用意していなかったので、せっかくお会い出来たのに、お土産を渡せず、失礼してしまいました。申し訳有りませんm(__)m。

私が最初に知らされていたのは、ブログ仲間では、イケメンブロガーの名を欲しいままにされている、圧倒的な情報量で他者と一線を画す知性派ブロガーさんで、ワインをこよなく愛するポイントサイトの貴公子、「バカワイン」さんでした。ポイントサイトに詳しくない私!バカワインさんにワインをプレゼントして、「私はポイントでゲットしたワインしか飲まないです。」なんて言われたらどうしようなどと考えながら、プレゼントのワインを選びました。「バカワイン」さんイケメン具合気になります?半端なくイケメンでした。私は松坂桃李さんにそっくりと思ったけど、参加したら皆はどう思ったかな?桃李君がワイングラスを片手に微笑んでる姿想像してくださいね、「バカワイン」さんです。

知らされて無かった(私、連絡忘れられてたん?)、もうお一人は、FC2公式ブロガー!しっかりものの長女ちゃんと独特の感性を持つ次女ちゃんとの、基本的には大笑い、時には泣けちゃったりの日常マンガを日刊されておられる、大人気ブロガーの「もりりんパパ」さんです。二人の娘ちゃんも一緒で、めっちゃ可愛い~(*^^*)。

イラストそのまま、寸分の狂いもないイメージ通りの外見で、すぐにもりりんさんだ~と分かっちゃいました~。のビー玉さんに対して、知らされて無かった私は、こちらの方は誰?だったのです(お恥ずかしい!)。長女ちゃんが次女ちゃんの面倒をずっと見てて、しっかり挨拶してお土産まで手渡してくれちゃって・・・もう感涙寸前でした!!次女ちゃんは次女ちゃんで個性的なオブジェを作っていたりと、マンガそのまんまで微笑ましかったです。


さてそんな大盛り上がりの「馬肉会」(もりりんパパさんは今日は淡路島へということでここでお別れ(ノ_・。))をビー玉さん無き後(殺すな~(*^^*))を引き継ぎまして、美味しい料理をご紹介したいと思います。

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【馬肉ってどうよ】

『馬肉会』はあとでね(^人^)、ウマは消化能力が低く食性も狭いため、食用として飼養した場合は牛(ウシ)や豚(ブタ)と比べて生産コストが高いです。一方、廃用乗用馬があり、また、一般的に消費者による選好性も牛肉や豚肉に比して低いことから、馬肉は安価な食肉として、ソーセージやランチョンミートのつなぎなどの加工食品原料や、ペットフード原料に利用されてきました。ただ、食用として育てられたものや、馬刺しなどで利用可能な部位は比較的高値で取引されています。

食肉用馬肉は、他の畜肉と比較すると栄養価が高く、古来滋養強壮、薬膳料理ともされてしました。牛、豚、鶏などの肉より、低カロリー、低脂肪、低コレステロール、低飽和脂肪酸、高タンパク質です(悪い所無いやん(^^)b)。

タンパク質が多いだけではなく、アミノ酸が20種類程と豊富ですし。ミネラルの内、カルシウムは牛肉や豚肉の3倍、鉄分(ヘム鉄)はほうれん草・ひじきよりも多く、豚肉の4倍・鶏肉の10倍を含有しています。多種のビタミン類の含有が豚肉の3倍、牛肉の20倍。ビタミンB12は牛肉の6倍、ビタミンB1も牛肉の4倍、ビタミンAやビタミンEも多い。牛肉の3倍以上のグリコーゲンを含有~。

ウマは、反芻動物ではないため、大腸菌O157のリスクも低いとされ、カンピロバクターの感染リスクも低いという報告もあります。また、奇蹄類であり、発症例から口蹄疫のリスクは低いとされています~~~おいおい!そんなに力説してどうする?。

【日本の馬肉食】

獣肉食が宗教上の禁忌とされ、食用の家畜を飼う文化が九州の一部や近江国彦根藩などを除いて一般的ではなかった江戸時代の日本本土では、廃用となった役用家畜の肉を食すことは半ば非公然的ではあるが貴重な獣肉食の機会ででした。一部の地方では馬肉は400年以上も前から重要な蛋白源として重用されてきました。熊本県や長野県、福島県などの郷土料理として供されることで知られている「馬刺し」の他、なんこ鍋などの鍋料理としても食べる地域があります。熊本県では馬肉を使ったミンチカツなども売られているようです。

日本では馬肉を桜肉(あるいは俗に蹴飛ばしとも)という別名で呼んでいます。桜肉の語源には諸説あり、ヘモグロビンやミオグロビンが多い赤身部分が空気に触れると桜色となることや、馬肉の切り身がサクラの花びらを想像させるという説など、定説とは言えないですが、ウマと直接表現することを憚った隠語として定着したという説や、千葉県佐倉市に当時幕府直轄の牧場があり江戸の人々には「馬といえば佐倉」だったという説などがある様です。

国内の馬肉生産は、畜産物流通統計ではやはり熊本県が日本一のようです。日本の乗馬及び競馬に携わる人の中には食材としての馬肉を忌避する者が多い様です。しかし、競馬雑誌の競走馬の異動欄には、現役を引退する馬の異動先が記されています。地方競馬への移籍や種牡馬・繁殖入りの他に乗馬になる馬がいます。それが全て乗馬になるわけでは有りませんよね、それ以外にも「用途変更」という名称で姿を消す馬が相当数おり、その「用途」の中には食用もあるといわれています。実際に、廃止された上山競馬場や中津競馬場に在籍していた競走馬の末路は食肉処分でした。

また、以前は競走中の事故で予後不良となった馬が食用に流れてくることもあったが、1973年にハマノパレードが屠殺された件が物議を醸し、それ以降に予後不良の診断後に安楽死させる、というシステムが整備されていきました。ウマは歴史的に農耕や馬車の牽引、乗用に使用されており、家畜であると共に狩猟や戦場における足ともなって来た。これらから、肉食に供することに嫌悪感やタブーを感じる人も多い様です。

【さて戻って盛り上がりの馬肉会】

さてもりりんパパとお二人の可愛いレディを見送った後、某所にある某店舗のリザーブ席へ移動しました。メンバーは『馬肉会』主宰のカップ麺王子ことtaka :aさん、歴史ブロガーの私市朗右衛門、雑記ブロガーのビー玉さん(はなの名前でも凄い有名ブロガーですね。)、そしてスペシャルゲストバカワインさん。暫くして、美人節約ブロガーのみーなさんと、動物保護野郎えたばりゅさん(最近は暗号通貨野郎な一面も)が合流されました。

(セロリの浅漬け)
(海鼠酢もちろん赤海鼠)
(必ず頼むアボカド、刺身醤油で頂きます)
(但馬香住のホタルイカボイル、酢味噌に合うんです)
(カキの昆布焼き)
(金目の煮つけ)
(おでんの盛り合わせ)
(そして真打ながらピントがずれてる、馬のレバ刺私の点数は82点!)
(馬刺しカイノミ、とにかく甘い・絶品ですね)

きゅうりとセロリの酢の物・ナマコ・熟れ頃のアボカド・ホタルイカボイル・焼き牡蠣・金目の煮つけ・おでん・真打の生レバー・カイノミ・金目の炙りとここまでは、ビー玉さんのブログに丁寧な説明が有りましたので、写真だけで流させて頂きます。いつもの事ですが、鮮度・味共にけして期待を裏切らないのが、この店の良いところですね。但この日は何時もと違って週末だったので、店舗ので入り口付近に唯一あるテーブル席を、予約で占拠している私達は、お客さんが来る度にじろじろ見られて、恥ずかし~~f(^_^;

さて田舎暮らしも板につき、ブログを書かなければ~と急に思い立ったのか?(笑)当日はお先に帰られたビー玉さんに代わり、彼女が帰宅後に登場した垂涎の料理をご紹介致します。

(馬肉チャーハン)
先ずは馬肉チャーハンです。小腹が空いた皆にはめっちゃ美味しかったね~油も乗っているのですが、馬だけにひつこく無くてあっさり美味、これtaka:aさんが勝手に「できる?」と頼んだ裏メニュー。なんでもわがままを聞いてくださる大将に感謝です。次はトリ貝、私実は余り生の貝類は好きでは無いのですが、これは甘くて絶品!貝特有の匂みもなくて、美味しく頂きましたよ~(*^^*)

(鮮度が命トリ?貝)
浅漬け、本当に浅く漬け込んで、素材の味が良く出てました。キュウリが凹んでるのは、我慢出来なかった私が手を出して、「めっ!」された後です。(笑)

(塩分控えめ浅々漬)
次は、きずしです。こちらも酢の漬かりが浅いので、魚本来の旨味が良く出ていました。この日は?アジだったと思います。

(フルーティきずし)
そして、まだ食べるか?次は河豚のてっさ!

(肉厚のフグがもちもち)
そして冷やしトマト、神戸市西区の契約農家さんのハウス物です。とにかく甘いまるでフルーツ、いえフルーツその物です。糖度計をjさんするべきでした。糖度11位は軽く超えていたと思います。ただハウス物だけに、真夏の太陽に照らされたお日様間のかおりが無かったのが、私的には残念な所でした。

(これはトマトじゃない、果物ですね~)
えたばりゅさんの大好物、金目の松かさ造り

(香ばしさの中に鯛の甘さがでてるんですよね~うんうん)
そして、taka:aさんが船をこぎ始めた頃最後の一品馬ソーセージ、うまい(駄洒落じゃないよ)

(馬ソーセージ)

これだけ食べて飲んで、8000円行かなかったのもびっくりした~。

【最後に一言】

直ぐに(月曜日位)、UPの予定だったのですが、遅れてしまいました。年は取りたくないものです。実は日曜日に車を運転していて左目にゴミが入り「いてっ」と片目を閉じると何にも見えない~(大袈裟ですね)眼鏡をかけているのに右目がぼやけて周りの文字が読めなくなってしまいました。月曜日に眼科に通院すると、白内障(;^_^Aどうやら手術が要るらしいです。

せっかく、仲間のブロガーの皆さんに刺激されてそりゃ~いくで~と思った矢先の出来事で落ち込んでしまいました。両目で見ればどうにか生活には支障はありませんが、そこはやはりPCを長時間眺めたりするのは辛いのです。初夏に壮大な取材旅行も計画しているので、是非それまでにはなおしたいですね~皆さんも応援よろしくお願いいたします。

ブロガー仲間って本当に素敵ですよね~!
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リュミエールブラン ネージュ

  
2018/03/18

『eskoyama』の「小山パテシィエ」との勝負の行方!

さて、お待たせしておりました。ホワイトデーが過ぎたにもかかわらず、バレンタインのチョコレート対決(私が勝手に対決しているだけですが、笑)をまだUPしていなかったので、この機会(どんな機会なん?)にご報告したいと思います。

さて、チョコレートを日本人で最初に食べたのは誰だと思われますか?勘の良い歴史好きな方なら、想像で何となく解ると思うのです。ヒントというわけでは有りませんが、コロンブスの航海が1502年ですから、コロンブスがカカオをヨーロッパに持ち帰ったとして、シルクロードから日本にチョコレートとして入って来るのは、戦国時代だろう!ならばやはり信長じゃないの、秀吉・水戸のご老公?なんて考えてれるのではありませんか、当たらずとも遠からずですね。

P2140012256987.jpg(SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2017)


一説に(一説ですよ)、初めてチョコレートを口にした日本人は「支倉常長」と言われています、1617年にメキシコ(当時はヌエバ・エスパーニャ)に渡った際に、ビスケット・パン・コーヒー・金平糖・キャラメルなどの菓子とともに、薬用としてのチョコレートを味わったのだとされています。

「支倉常長」ってと言われる方に、彼は安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将です。 桓武天皇を祖先とする血筋でありながらも伊達氏の家臣として活躍しました。慶長遣欧使節団(少年たちですね)を率いてヨーロッパまで渡航し、アジア人として唯一のローマ貴族となり、フランシスコ派カトリック教徒となりました。それではチョコレートの歴史も交えながら、「小山パテシィエ」との勝負の行方をご紹介いたしましょう。

それでは、『市郎右衛門』のショコラブログをお楽しみください。勿論、これも歴史なのですよ~(笑)
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CROOZ



【チョコレートの歴史】

チョコレートの歴史のお話は、カカオの利用およびチョコレート誕生に至るまでの歴史について述べます。チョコレートは発酵、焙煎、粉砕を経たカカオの実から作られます。アメリカ先住民族はカカオの粉末を磨り潰したものを入れた液体にバニラや唐辛子(唐辛子?それは無いでしょな組み合わせ)を混ぜて飲んでいました。ヨーロッパの人々はここから唐辛子を外し、砂糖や牛乳を入れて甘味を加えます。その後現在の棒状のチョコレートを作る方法を編み出しました。チョコレートを使用した菓子は多数あり、世界で最も人気で万人に知られた味の1つとなっているのは皆さんも勿論ご存知ですね。一方で原料のカカオの生産については、奴隷労働や児童労働が歴史的に繰り返されている事も有って、今なお深刻な問題となっています。

【飲むチョコレート、ココアじゃないの?】

紀元前2000年(4000年前ですね)ごろから、メソアメリカ(メキシコおよび中央アメリカ北西部とほぼ重複する地域、共通的な特徴をもった農耕民文化ないし様々な高度文明「マヤ・テオティワカン・アステカなど」が繁栄した文化領域の事です。)ではカカオが栽培されていました。15世紀までには、カカオは貨幣として流通するほど珍重されていたようです。アステカでは税あるいは貢ぎ物としても納められていましたし、当時のメソアメリカでは、カカオを粉にしてコーンミールや唐辛子、バニラなどの香辛料を入れ、ベニノキの種子で色を付け、水や湯に溶かしたものにイアフラワー(Cymbopetalum penduliflorum)などの花から作った調味料を加えたカカオ・ペーストを、主に嗜好品として、また薬用や強壮用としてチョコレートをミシュテカの王たちは飲用していました。16世紀まではカカオの実から作られた飲み物はヨーロッパに知られることはなかったのです。

【コロンブスによるカカオの紹介】

クリストファー・コロンブスが中央アメリカ島部に到達した後、スペインにカカオがもたらされた。コロンブスの息子によれば、最初にチョコレート(カカオの実)を見たヨーロッパ人はコロンブスで、1502年のコロンブス最後の航海時だったと記録しています。ただし、コロンブスがチョコレートを飲んだという記述はありません。

16世紀のスペイン人のイエズス会神父で、伝道のためペルー、後にはメキシコにて暮らしていたホセ・デ・アコスタは次のように書いています。「非常に不快な味のするかすや泡があり、体験したことがないほど気分が悪くなる。だが現地の者たちには大変尊ばれており、高貴な来訪者をもてなすのに用いられる。この国に慣れ親しんだスペイン人ならば男女を問わずこの飲み物に貪欲となる。彼らはそれを飲むことで暑さや寒さその他さまざまなものが和らぐと言い、唐辛子を大量に入れる。さらに胃腸に良くカタル予防になると肌にも貼り付ける。」お菓子というよりも薬だったようですね。

【日本での歴史】

一説に、初めてチョコレートを口にした日本人は「支倉常長」と書きました。しかし、日本におけるチョコレートに関する明確な記録は、18世紀の長崎の遊女がオランダ人から貰ったものを記したリスト『長崎寄合町議事書上控帳』に「しよこらあと」として登場するのが最初で、同時期に記された『長崎見聞禄』にも「しょくらあと」に関する記述があります。

1873年には岩倉使節団がフランス訪問中にチョコレート工場を見学し記録を残し、次のように書き残しています。「銀紙に包み、表に石版の彩画などを張りて其(それ)美を為す。極上品の菓子なり。此の菓子は人の血液に滋養を与え、精神を補う効あり」

日本初の国産チョコレートは、「風月堂」総本店の主、5代目大住喜右衛門が、当時の番頭である米津松蔵に横浜で技術を学ばせ、1878年に両国若松風月堂で発売したものです。新聞に掲載した日本初のチョコレートの広告には「貯古齢糖」の字が当てられています。 カカオ豆からの一貫生産は、1918年、森永製菓によって開始されました。こうしてチョコレートは高級品から庶民の菓子となり、1920年代から30年代にかけて日本人の間に急速に普及しています。当時のチョコレート菓子は、玉チョコ(いわゆるチョコボール)や棒チョコという形状が一般的でした。

第二次世界大戦の影響により、日本では1940年12月を最後にカカオ豆の輸入は止まり、あとは軍用の医薬品(常温では固体で人の体温で溶けるココアバターの性質から座薬や軟膏の基剤となる)や食料製造のために、指定業者にだけ軍ルートでカカオ豆が配給されるのみとなっています。

「日本チョコレート工業史」によると、1941年に日本チョコレート菓子工業組合と日本ココア豆加工組合からなる「ココア豆代用品研究会」により、ココアバターの代用品に醤油油(醤油の製造過程の副産物。丸大豆に含まれる油。よく誤解される様ですが醤油そのものではない)、大豆エチルエステル、椰子油、ヤブニッケイ油などの植物性油脂の硬化油、カカオマスの代用品に百合球根(ユリの鱗茎)、チューリップ球根、決明子(エビスグサの種子)、オクラ豆、脱脂大豆粉、脱脂落花生粉などを原料にした代用チョコレートが考案されています(やはり甘い物には目が無かったのですね)。ちなみに準日本的な甘味は柿(干し柿)だと思います。古代からあの甘みを越える物は存在していないと思いますね。

さて、話を近代に戻して、オランダ領東インドを占領した日本軍は、カカオ豆プランテーションや、ジャワ島の製菓工場を接収し、森永製菓や明治製菓にチョコレート製造を委嘱し、陸海軍に納入させました。また軍用に熱帯で溶けないチョコレートも開発された様です。

1945年に日本が第二次世界大戦で敗れると、アメリカの進駐軍を通じて大量のチョコレートが日本にもたらされます。当時の子供たち(焼け跡世代)が呪文のように米兵に投げかけた『ギブ・ミー・チョコレート』という語は、米軍占領時代の世相を表す語となっていますね~。『ギブ・ミー・チョコレート』の言葉が私たちの世代では敗戦の象徴ともいえる程です。

1946年には芥川製菓によってグルコースを原料にした代用チョコレート(グルチョコレート、グルチョコ)が製造されました。カカオマスの代用品となるグルコースに、少量のココアパウダーとチョコレート色素を加えた粗悪品でした。

戦後の日本では、安価なものから高価なものまでさまざまなチョコレート菓子が販売されるようになります。特に1960年にカカオ豆の輸入が自由化され、続いて1971年にはチョコレート製品の輸入が自由化されたことで、様々な種類のチョコレートが流通するようになりました。

現在では、日本のチョコレートは世界一美味しいと言っても過言ではないでしょう。さてそれではその世界一美味しい日本のチョコレートの中でも一番おいしい4粒のボンボンショコラ食べてみましょうか。(笑)

【今年のバレンタインチョコを食べてみよう!】

SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2017 ススム コヤマズ チョコロジー DISCOVERY~終わりなきカカオ探求の旅~です。(2018、じゃないの?と思われるかも知れませんが、今年のコンクールはまだ開催されておりませんのでm(__)m)。

フランスで最も権威のあるショコラ愛好会「クラブ・デ・クロクール・ドゥ・ショコラ(以下C.C.C)」による2017年品評会で、パティシエの小山進氏がアワードを獲得した際のショコラ4種が詰め合わされています。

P2140018.jpg(中身です)

つまり、世界一美味しいショコラ4粒と言っても過言ではありません。世界のカカオと個性ある素材の出会いに魅せられて。 小山進のクリエイションの結晶です。

SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2017 ススム コヤマズ チョコロジー 2017 1箱(4個入) ¥1,728

賞味期限 
30日(20℃以下)
箱サイズ:縦10× 横10× 高さ3.5cm
アレルギー特定原材料7品目:乳
特定原材料に準ずる20品目:大豆

DISCOVERY~終わりなきカカオ探求の旅~

【四種類のボンボンショコラ】

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(NO1とのNO2)

💛No.1 HARU~赤と緑が交差するとき(苺&ふきのとう)~

P3181040.jpg(No.1 HARU~赤と緑が交差するとき(苺&ふきのとう)~)

赤と緑のマリアージュ
一粒に春の息吹を感じて


2012年に「ふきのとう」をショコラにした時、表現したのは“苦味”でした。そして数年が経ち様々な素材と触れ合う中で2017年に表現したのは、土の中から今にも花が開きそうな姿をしている状態の時に宿している野生的で青々しい香りでした。その香りをかいだ時、ふと映像として浮かんだのは苺畑の側で芽吹いたふきのとうが広がる情景。 「きっと苺の華やかな香りや甘酸っぱさと合う」と、感じました。フレッシュなふきのとうは、その香りを活かすためミルクのやさしい味わいと華やかな香りを持つペルー産チャンチャマイヨ48%と合わせて下層に。上層の苺のガナッシュは、苺の可愛らしさや甘酸っぱさと非常に相性の良いニカラグア産カカオのショコラ・オレ(カカオ分50%)を合わせ、苺の甘酸っぱさと、ふきのとうの野性味を帯びた春のパワーが交差する瞬間が表現できました。 デコールもふきのとうの緑の味が漂う中に、トンっと苺がある、そんなイメージです。

★苺の甘酸っぱさは、すぐに感じられました。可愛らしいい華やかな香りが口の中に広がります。下層に配置されたふきのとうの春は少し時間をおいてから、ざらつく食感の中から正に春の土の中から顔を出したふきのとうのかすかな苦みが、春の息吹を楽しませてくれる一粒です。

💛No.2 神の木~クロモジ~

P3181044.jpg(No.2 神の木~クロモジ~)

自然の贈り物×日本の最先端技術
ペルー産カカオのポテンシャルが全てを引き出して


クロモジは、日本では高級な爪楊枝として和菓子を食べるときに使われてきた樹木。その高貴な香りには、ヒーリング作用や、抗菌作用もあり、一部の地域では儀式に必ず使用されるなど“神の木”とも呼ばれています。そんなクロモジの香りはシェフ小山も大好きで「いつかこの香りをショコラにしたい」と思っていました。それを実現したのがこのショコラ。今回使ったクロモジは「新月切り」と言って、引力が一番弱くなる新月の日の樹木の香りが最も濃くなるタイミングに伐採していただいたもの。そうして刈り取られた枝や葉を「真空常温乾燥」と「プラズマ乾燥」という二つの技法で乾燥させ、全てを生クリームにアンフュゼ。樹木のオイルまでも入れ込んで、ペルー産のチャンチャマイヨのショコラ・オレ(カカオ分48%)と合わせました。鼻へ近づけていただくと、口の中に入るまでの間に、クロモジのパワーを感じていただけます。神の木と呼ばれる樹木が持つ高貴な香りをご堪能ください。

★わが家では(但馬独特?柳を使うところが多いかもしれません。)クロモジは、お正月に餅花飾りとして、神棚に飾ります。人日の節句が終わると、しめ縄飾りと共に「どんど焼き(他の地方では「とんど」ですね)」で燃やされるのですが、神棚の餅は貴重なもので、枝から外して母が油で「揚げあられ」にしてくれました。強烈な香りがするので苦手だったのですが、ショコラは上品な香りに仕上がっていました。カカオとの相性が良いのかな?久しぶりにクロモジの味を楽しめました。

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(NO3とNO4)


💛No.3 YUZU~エスペレットピーマンの刺激と共に~

P3181052.jpg(No.3 YUZU~エスペレットピーマンの刺激と共に~)

素材を掘り下げた先に見えるもの
日本と世界の素材が生み出す絶妙なマリアージュ


柚子は、皮、果汁と様々な活かし方があり、加工品も数多ありますが、今回の発見は次元の違うアプローチ。柚子の皮の表面0.1ミリほどの薄い表皮のみを削ったという、金に輝く柚子のパウダーに出会ったことが誕生のキッカケでした。それは、これまでショコラに限らず柚子を様々なシーンで使用してきたシェフ小山にとって、「本物のフレッシュな柚子には到底及ばない」という悔しさを消し去るほどの衝撃。最高の柚子ゼストパウダーで柚子を最大限に表現し、そこへ強い刺激を合わせたくなって思いついたのが、数年前訪れたフレンチバスクで出会ったエスペレットピーマンとの組み合わせ。柚子の素晴らしい香りの中から、スパイシーなエスペレットピーマンの味が後からじわりとやってきてアーモンドプラリネのふくよかな味わいに優しく包まれます。クリアに柚子の特長が際立った素材のポテンシャルが生み出した新たな表現です。

★口に入れた瞬間に、強烈なゆずの味が口腔いっぱいに広がります。我が家でも柚子は作っているので、もいだばかりの柚子の香や味の強烈さは周知ですが、確かに負けていない強さがありました。更にフレンチバスク(フランスと接するスペイン地方のバスクの東北部で現在はフランス領)のバイヨンヌでとれる?エスペレットピーマンの辛みの相性がとても良いです。個性が個性を消してしまうかと思いましたが、お互いに主張しあって負けていません。柚子は味覚と香で、エスペレットピーマンは辛さで個性を主張しています。そして最後に、アーモンドプラリネの砂糖の焦げ味と香ばしいナッツの味が楽しい三重奏の美味しさです。柚子の味が跡を引くので最後に一粒の前に時間を置きました。

💛No.4 サンマルティン~終わりなきカカオ探求の旅~

P3181060.jpg(No.4 サンマルティン~終わりなきカカオ探求の旅~)

「テオブロマ」の名にふさわしく
カカオの可能性を強く感じる一粒


2016年に訪れたペルー・サンマルティン。ここで出会ったカカオを「使ってみたい」とシェフ小山が現地で申し出たところ、様々な人との繋がりによって、以前から「この地のカカオを手に入れたい」と思っていた小山の友人でもあるクーベルチュリエの手に渡り、クーベルチュールに仕立てられました。味わいは、クランベリーのような香りにやさしく広がるマンゴーやアプリコットのようなフルーティーな味わい。そして、ややナッティな分厚いカカオの余韻が、刺激の強いエスペレットピーマンの後でも、一口でガラリと口の中を違う物語にリセットします。「カカオが学名で『テオブロマ=神の食べ物』と名づけられた意味をつくづく感じた」というシェフ小山の、「今後もカカオ探求の旅はこれからもずっと続いていく」という思いが込められた、4種類の中でどんなショコラよりも力強いパワーを秘めたこのショコラ・ノワールが最後です。そして再びNo.1を味わったとき、新しい発見が待っていることでしょう。

★さて最後の一粒、「テオブロマ=神の食べ物」を楽しみます(笑)これはまさしく原点回帰です。これが本当のカカオなのかと思わせる。確かに刺激の強いエスペレットピーマンや柚子の香をものともしない力強さ、舌の上の味蕾全てに感じさせられるフルーティな酸味にカカオ余韻が本当にカカオの可能性のすばらしさを感じさせてくれる一粒。素晴しいの言葉以外は必要ないショコラです。

以上が今年の「SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2017」です。一応、グルメを自称している私は、この小山さんのショコラを食べる時は、ある意味「戦」だと思って食べているのです。説明通りの味覚を、私の舌が感じることが出来るのかどうか?いつもドキドキしながらいただいています。食べる側の人間の味覚も試されているような、そんな気持ちがいつもするショコラなのです。

【最後に一言】

フルコースを食べた後のような満足感!『そして再びNo.1を味わったとき、新しい発見が待っていることでしょう。』の小山パティシエの一言は何を物語るものなのか?また新しい春を見つける旅路への出発なのか?それとも原点に回帰する過去への旅路なのか?小山パティシエとの勝負はあえて引き分けにしたいと思います。もちろん再戦するためにね。

もう一言だけ、言わせていただきますよ~食べなきゃ後悔しますからね~~!

歴史って本当に面白いですね。今後もランキングにはこだわって良い記事をUPしたいと思います。はげみになりますので宜しくお願い致します(^人^)
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リュミエールブラン ネージュ

  
2018/02/14

今年もこの日がやって来た~!『es koyama』の人を選ぶショコラで小山進パティシエと勝負する!

そうです。今日は2月14日バレンタインデーです。私の年(半世紀越え!)にも成って、バレンタインデーも無いものだと思いますが、毎年妻がショコラを買ってプレゼントしてくれます。感謝の気持ちで一杯です(ママありがとうねぇ~(*^^*))。

恵方巻の時にも書きましたが、企業の策略~(笑)バレンタインのチョコプレゼントは、「Morozoff」さんの戦略にズッポシはまっている私です(バレンタインにチョコを送る習慣は神戸のMorozoffさんが始めた売上キャンペーンが始まりです!)。早速のうんちくですが、サンタさんが赤白の衣装なのもコカ・コーラのCMの影響なんですよね。(#^.^#)

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(es koyama、2018チョコレートカタログ)

今年は、長女も手作りのチョコをプレゼントしてくれました。昨年は受験と友チョコ?作りに夢中で、私の所までは回って来ませんでした。長女は三日間徹夜して友チョコを作る程の懲り性なので、女子力だけで人生乗りきりそうな勢いです。

さて、妻が買ってくれるチョコレートなんですが、妻の職場から近い事もあり、毎年あの有名な『es koyama』さんのチョコレートです(私がリクエストしていることも有りますが🎵)。皆さんご存知ですよね。これが、とんでもなく美味しいので、御紹介させて頂きます。(*^.^*)

それでは、『市郎右衛門』のスイーツブログ(今日は歴史とは関係無い?ですが「日本と私のバレンタインデーの歴史」)をお楽しみください(人´ω`*).☆.。
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【『es koyama』って何?】

兵庫県三田市に在る『es koyama』さんは、結婚当時からの贔屓のケーキ屋さんで、始めは小山ロール(勿論ロールケーキ)が有名で、お店も今と違って小さなお店が一店舗だけだったと記憶しています。人気が人気を呼び、大きくなってきたので、驚いています。(笑)この20年の間に店舗は細分化(ケーキ・ショコラ・マカロン等)スイーツの聖地ともいえる程に変わりしました。観光バスは来るわ、駐車場は一杯過ぎて店迄どんだけ~歩~になっています。

ある時、バレンタイン用でチョコのロールケーキ『小山ロールマイルドショコラ』が有るというので購入してみたところ、中に巻かれているチョコが半端なく美味しくて、小山ショコラ(チョコ)の大ファンに成りました(o^-')b !

P2140016.jpg(小山ロールマイルドショコラ)

【小山進ショコラ店舗は「Rozilla」】

『es koyama』のショコラ専門店はRozilla「(路地裏+ゴジラと小山シェフの遊び心一杯)」となっております。

そして今年(昨年のテーマ)は、DISCOVERY~終わりなきカカオ探求の旅~です。

『小山進』1964年京都生まれ。2003年兵庫県三田市にパティシエ エス コヤマをオープン。「上質感のある普通味」を核にプロフェッショナルな味を展開し続けておられます。

フランスの最も権威のあるショコラ愛好会「C.C.C.」のコンクールでは、2011年の初出品以来7年連続で最高位を獲得されています。

また、2013年からは「インターナショナル・チョコレート・アワーズ」にも出品し、2016年は世界大会で、金・銀・銅賞合わせて、24品という世界最多の受賞!続く2017年アジア太平洋予選では39品全て受賞を果たし、10月にロンドンで開催する世界大会に全作を出品、世界的なショコラティエとして活動の幅をますます広げておられます。
P2140003695.jpg(インターナショナル・チョコレート・アワーズ「ロンドン」バージョン)

【『es koyama』小山進パティシエの2017年の世界大会の結果】

『小山進シェフの今年(2017年)の結果は?』パリで誕生した世界最大級のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」の結果です。ショコラ好き、スイーツ好きの方は必見です。「Club des Croqueurs de Chocolat=チョコレートをかじる会」C.C.Cショコラアワード授賞者が発表されました。しかしながら評価方式が、今回から大きく変更されています。

2017年10月31日(現地時間)、パリで開催中のサロン・デュ・ショコラでC.C.C(フランスのショコラ愛好会「Club des Croqueurs de Chocolat=チョコレートをかじる会」の略)によるアワード授賞式が行われました。約180社の出品の中から、「AWARD ÉTRANGER L’EXCELLENCE(外国人優秀賞)」で「パティシエ エス コヤマ『es koyama』」の小山進氏がアワードを受賞したほか、「AWARD DU CHOCOLATIER ÉTRANGER EN FRANCE(フランス在住の外国人ショコラティエ賞)」でパリの「MORI YOSHIDA」の吉田守秀氏がアワードを受賞。小山氏、吉田氏を合わせ総勢12組が表彰されました。

評価担当の責任者、アラン・ブロンション氏によれば、アワードは昨年までの「とくに優秀なショコラティエに与える」というコンセプトから、「今後に期待できる人」「才能があり注目してほしい人」に与える賞として位置づけを変更したそうです。

なお、長年続いていた5段階評価(1タブレットから5タブレット)を今年からやめ、「金タブレット」、「銀タブレット」、「銅タブレット」の3段階評価に変更。「外国部門」での日本での金タブレット獲得者は、「パティシエ エス コヤマ」、「ミュゼ・ド ショコラ テオブロマ」、「トーキョーチョコレート」、「ル ショコラ ドゥ アッシュ」の4ブランドです。小山シェフは初出展から7年連続最高位『ゴールドタブレット』を獲得されていることになります。数々の受賞、本当におめでとうございます!ファンとしても嬉しい限りです。

P2140007.jpg(マカロン)

【今年のバレンタインチョコはこちらがお薦め!】

SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2017 ススム コヤマズ チョコロジー DISCOVERY~終わりなきカカオ探求の旅~です。(2018、じゃないの?と思われるかも知れませんが、今年のコンクールはまだ開催されておりませんのでm(__)m)。

フランスで最も権威のあるショコラ愛好会「クラブ・デ・クロクール・ドゥ・ショコラ(以下C.C.C)」による2017年品評会で、パティシエの小山進氏がアワードを獲得した際のショコラ4種が詰め合わされています。

P2140012256987.jpg(SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2017)
P2140018.jpg(中身です)

つまり、世界一美味しいショコラ4粒と言っても過言ではありません。世界のカカオと個性ある素材の出会いに魅せられて。 小山進のクリエイションの結晶です。

SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2017 ススム コヤマズ チョコロジー 2017 1箱(4個入) ¥1,728

賞味期限 
30日(20℃以下)
箱サイズ:縦10× 横10× 高さ3.5cm
アレルギー特定原材料7品目:乳
特定原材料に準ずる20品目:大豆

DISCOVERY~終わりなきカカオ探求の旅~

【小山進シェフのお話】

子どものときからいろいろな発見を繰り返してきたが、今回発表した作品は2016~2017年の1年間での発見である。身近なモノでも虫眼鏡で覗いて観察をしたり、顕微鏡を使って深く観察すれば、たくさんの発見があったように、今年の私もまさに身近で慣れ親しんだモノから、そして未知のモノから、新しいたくさんの発見があった。新しい発見とは、全てが初めてものという意味ではない。過去に出会ったモノも深く掘り下げれば、まだまだたくさん得るものがある。過去と今では素材に対する向き合い方も見え方も違っているからだ。僕の仕事はそういったものを見つけ、ショコラを通じて世の中に伝えることだと思っている。今も昔も変わらず、良いモノは良いし、カカオのように同じ樹から採れるものでも収穫年によって味は全く異なるという素材も数多ある。これまでは素材に対して一方向からしか見えていなかったのが、時を経て経験を重ねていくにつれ、自身の成長と共に見え方・感じ方が変化する。人との繋がりも広がって、価値観が同じ人とも数多く出会えるようになる。そうして、手に入れられる素材の品質にも変化が出てくるのだ。そう考えると、これからも面白い出逢いが待っていることにワクワクせずにはいられない。今、僕の周りにはいろいろな良い風が吹いている。これからも僕の旅の先には、無限大のショコラ創作の可能性が広がっている。

【四種類のボンボンショコラ】

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(NO1とのNO2)

💛No.1 HARU~赤と緑が交差するとき(苺&ふきのとう)~

赤と緑のマリアージュ
一粒に春の息吹を感じて

2012年に「ふきのとう」をショコラにした時、表現したのは“苦味”でした。そして数年が経ち様々な素材と触れ合う中で2017年に表現したのは、土の中から今にも花が開きそうな姿をしている状態の時に宿している野生的で青々しい香りでした。その香りをかいだ時、ふと映像として浮かんだのは苺畑の側で芽吹いたふきのとうが広がる情景。 「きっと苺の華やかな香りや甘酸っぱさと合う」と、感じました。フレッシュなふきのとうは、その香りを活かすためミルクのやさしい味わいと華やかな香りを持つペルー産チャンチャマイヨ48%と合わせて下層に。上層の苺のガナッシュは、苺の可愛らしさや甘酸っぱさと非常に相性の良いニカラグア産カカオのショコラ・オレ(カカオ分50%)を合わせ、苺の甘酸っぱさと、ふきのとうの野性味を帯びた春のパワーが交差する瞬間が表現できました。 デコールもふきのとうの緑の味が漂う中に、トンっと苺がある、そんなイメージです。

💛No.2 神の木~クロモジ~

自然の贈り物×日本の最先端技術
ペルー産カカオのポテンシャルが全てを引き出して

クロモジは、日本では高級な爪楊枝として和菓子を食べるときに使われてきた樹木。その高貴な香りには、ヒーリング作用や、抗菌作用もあり、一部の地域では儀式に必ず使用されるなど“神の木”とも呼ばれています。そんなクロモジの香りはシェフ小山も大好きで「いつかこの香りをショコラにしたい」と思っていました。それを実現したのがこのショコラ。今回使ったクロモジは「新月切り」と言って、引力が一番弱くなる新月の日の樹木の香りが最も濃くなるタイミングに伐採していただいたもの。そうして刈り取られた枝や葉を「真空常温乾燥」と「プラズマ乾燥」という二つの技法で乾燥させ、全てを生クリームにアンフュゼ。樹木のオイルまでも入れ込んで、ペルー産のチャンチャマイヨのショコラ・オレ(カカオ分48%)と合わせました。鼻へ近づけていただくと、口の中に入るまでの間に、クロモジのパワーを感じていただけます。神の木と呼ばれる樹木が持つ高貴な香りをご堪能ください。

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(NO3とNO4)


💛No.3 YUZU~エスペレットピーマンの刺激と共に~

素材を掘り下げた先に見えるもの
日本と世界の素材が生み出す絶妙なマリアージュ

柚子は、皮、果汁と様々な活かし方があり、加工品も数多ありますが、今回の発見は次元の違うアプローチ。柚子の皮の表面0.1ミリほどの薄い表皮のみを削ったという、金に輝く柚子のパウダーに出会ったことが誕生のキッカケでした。それは、これまでショコラに限らず柚子を様々なシーンで使用してきたシェフ小山にとって、「本物のフレッシュな柚子には到底及ばない」という悔しさを消し去るほどの衝撃。最高の柚子ゼストパウダーで柚子を最大限に表現し、そこへ強い刺激を合わせたくなって思いついたのが、数年前訪れたフレンチバスクで出会ったエスペレットピーマンとの組み合わせ。柚子の素晴らしい香りの中から、スパイシーなエスペレットピーマンの味が後からじわりとやってきてアーモンドプラリネのふくよかな味わいに優しく包まれます。クリアに柚子の特長が際立った素材のポテンシャルが生み出した新たな表現です。

💛No.4 サンマルティン~終わりなきカカオ探求の旅~

「テオブロマ」の名にふさわしく
カカオの可能性を強く感じる一粒

2016年に訪れたペルー・サンマルティン。ここで出会ったカカオを「使ってみたい」とシェフ小山が現地で申し出たところ、様々な人との繋がりによって、以前から「この地のカカオを手に入れたい」と思っていた小山の友人でもあるクーベルチュリエの手に渡り、クーベルチュールに仕立てられました。味わいは、クランベリーのような香りにやさしく広がるマンゴーやアプリコットのようなフルーティーな味わい。そして、ややナッティな分厚いカカオの余韻が、刺激の強いエスペレットピーマンの後でも、一口でガラリと口の中を違う物語にリセットします。「カカオが学名で『テオブロマ=神の食べ物』と名づけられた意味をつくづく感じた」というシェフ小山の、「今後もカカオ探求の旅はこれからもずっと続いていく」という思いが込められた、4種類の中でどんなショコラよりも力強いパワーを秘めたこのショコラ・ノワールが最後です。そして再びNo.1を味わったとき、新しい発見が待っていることでしょう。

以上が今年の「SUSUMU KOYAMA’S CHOCOLOGY 2017」です。一応、グルメを自称している私は、この小山さんのショコラを食べる時は、ある意味「戦」だと思って食べているのです。説明通りの味覚を、私の舌が感じることが出来るのかどうか?いつもドキドキしながらいただいています。食べる側の人間の味覚も試されているような、そんな気持ちがいつもするショコラなのです。ですから、『es koyama』のショコラは人を選ぶと書きました。

【食べる人を選ぶショコラ】

このような体験は、これまでは有名なバックブランド『エルメス』(元は馬具の会社ですよね) でしか体験した事はありません。以前、妻の誕生日プレゼントに『エルメス』の小物を買いに行ったことが有るのですが、私の格好が汚かったのか?一度目のスカーフも、二度目のバングルも、何故か1つランク下?の安い方を進められました。「こちらの(お安い)方も素敵ですよ」なんてね(笑)、妻に感謝の気持ちを表そうと、ある程度は用意して行ったのですが、私がそんなにみずほらしかったのかな?謎です~(無理してるなと思われたのかもしれません?)。

「エルメス」ケリーやバーキンといった有名で素敵なバッグが有りますよね、もちろん私の給料ではとても無理ですし、バブル時には何年も待たなければ届かない物でした。今なお直営店でも店頭には並ばないそうです。

ケリーバッグはモナコ皇太子妃だった「グレース ケリー」が妊娠報道加熱から空港で待ち受けるカメラマン(パパラッチですかね)から、ぷっくりお腹をバッグで隠したことから名前が、付いています。バーキンバックは「ジェーン バーキン」(オリエント急行殺人事件のメイド役が印象的な、私も大好きな、ロングヘアーの美しい女優さんです)が作らせたことから、名前が付いています。

私的には、これらエルメスのバッグはある程度年齢を重ねて地位や名誉を得、それに見会う魅力を兼ね備えた女性が持つべき物だと考えています。そういう意味合いで、『エルメスのバッグは持つ人を選ぶ』のでは?と普段から考えています。いつか妻にプレゼントしたいと考えておりますが、結婚もうすぐ21年!妻はともかく、私はプレゼントするだけの男性にはまだまだ、成ってはいないと思っています(店員さんにも見透かされていたのかな?勿論努力は怠らないつもりですがね!)。

話が逸れてしまいましたが、『es koyama』のショコラを味わってみましょう。このショコラは、全てにおいて計算しつくされているので、半分ずつというような食べ方はいけません。一粒の中にすべての世界があるのです。友達から、「少しかじらせて」などと隣から言われても、無視してください(笑)。ボンボンショコラならではの食べ方、お口にぱくり?と投げ込んで、ゆっくりと、融けていくのを味わいます。説明通りの味が脳裏に届くと、うんうん、なるほど流石だなぁと感じて、美味しさに満足します。

食べる順番も決まっていて、フルコースの様に最高のフレーバーが楽しめる様になっています。日本のチョコレートは世界一美味しいと思いますが、『es koyama』のショコラはあなたのショコラ概念そのものを変えてしまうほどの完成度です!私が感じた、一粒ずつの味の説明はあえて致しません。あなたが是非、御賞味して自分なりの体感を味わって下さい(⌒‐⌒)v。

【最後の一言】

バレンタインデーには忘れられない二つの思い出があります。初めてプレゼントされたのは、小学校5年生の時でした(自慢じゃないですよ(-"-;A ...アセアセ)。45年も前のお話ですね~(笑)甘い思い出?いえいえ苦い思い出です。子どもだったんですね~(小学校5年生は子供だろうって、笑)。素敵な思い出も、苦い思い出もいつか笑って話せるように成れば良いと思うのですがね。今日は『es koyama』のショコラで甘い夜を過ごしたいと思います。

P2140011254.jpg(長女のチョコです。中身は秘密です。)

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リュミエールブラン ネージュ

  
2017/11/04

出雲食レポ第二弾!「ぜんざい」対決「出雲市」VS「松江市」

「ぜんざい」の語源が出雲に有った事を知ってましたか?

「ぜんざい(善哉)」は、豆(主に小豆)を砂糖で甘く煮た食べ物なのは、皆さんもご存知ですよね。

餅や白玉団子、栗の甘露煮などと共に供されることが多く、一般的には豆の原型が残るものを指して用いられます。豆の原型が残らないと汁粉に成ってしまいますね。

PB020400.jpg(さあ、美味しいのはどっちだ?)

関東地方では、汁気のない餡そのものが「ぜんざい」と呼ばれるそうですが、関西地方では粒餡を用いた温かい汁物をぜんざいと呼んでいます。汁気のない餡を用いたものは、関西では「亀山」や「小倉(おぐら)」と呼ばれています。

「ぜんざい」の語源は主に2説ありますが、今回出雲発祥説に焦点を当てて、前回ブログの蕎麦と同じ様に、出雲大社周辺(出雲市)と、茶人大名・松平不昧公の影響で和菓子が大きく発展した松江の「ぜんざい」対決をレポートしたいと思います。

それでは、『市郎右衛門』の日本史ブログをお楽しみ?くださいね(人´ω`*).☆.。
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【今回取り上げなかったもう一つの発祥説】

仏教用語である「善哉(ぜんざい・よきかな)」が由来といわれる説です。一休宗純(とんちの一休さんの方がわかりやすいかもしれませんね)が最初に食べたといわれ、この食べ物の美味しさに「善哉・善哉(よきかな、よきかな?)」と叫んだ事により「ぜんざい」という名称になったといわれています。「善哉」とは、釈尊が弟子を褒める時に使う言葉であり、サンスクリット語の素晴らしいを意味する「sadhu」を漢訳した言葉だそうです。

【出雲発祥説】

今回取り上げる出雲発祥説は、出雲地方の神事「神在祭」で振る舞われた「神在餅」を由来とする説です。「神在餅」の「じんざい」が訛り、「ぜんざい」へと変化したと言われています。島根県松江市鹿島町の佐太神社(出雲神仏二十霊場ですがまだご紹介しておりません)のホームページには以下のような記載があります。

11月25日は神々をお送りする神等去出(からさで)神事が執り行われます。この日はカラサデさんといわれ、神前に供えていた餅と小豆を一緒に煮て小豆雑煮を作り再び供えていました。これを「神在餅(じんざいもち)」と呼び、今も宮司宅では家例としてこの日に小豆雑煮を作り、屋敷内の祖霊社、稲荷社、邸内の歳神にお供えいたします。昔は里人の間でもこの日の朝に餅をつ搗き参拝する慣わしがあり、参拝するものは必ず一重ねのオカガミ(餅)をもって参った後、小豆を入れた雑煮餅を作って家の神棚に供えてから銘々も頂く風習があったようです。この「神在餅」が転化して「ぜんざい」になったといわれているのです。 — 『ぜんざい発祥の地』(佐太神社・HP)

松江藩の地誌『雲陽誌(うんようし)』佐陀大社の項には、「此祭日俚民白餅を小豆にて煮家ことに食これを神在餅といふ出雲の国にはしまる世間せんさい餅といふはあやまりなり」とあります。その他、いくつかの古文献にも「神在餅」についての記述があるところから当社は「ぜんざい発祥の地」であるといわれています。実際に出雲地方の正月に食べる雑煮は小豆汁の雑煮であるなど小豆との関係が強く伺われます。また、神前に供えた餅自体が「善哉」であり、この餅を食べる為の小豆を使用した食事をも善哉と呼ぶようになったとする説もあるそうです(つまり、神在月に出雲大社近辺で始まったといわれるじんざい餅が発祥ではなく、それ以前から佐太神社では神在月に小豆煮の餅を食していたものが「ぜんざい」の発祥と述べているようです)。

【対決出雲ぜんざいVS松江ぜんんざい】

『日本ぜんざい学会壱号店』

PB020306.jpg(日本ぜんざい学会壱号店のぜんざい)

出雲では、ぜんざいの美味しいお店をウェブ検索した結果でTOPに上がってきたお店、出雲大社神門通りにある「日本ぜんざい学会壱号店」でぜんざいを食してみました。

お盆に乗せられてきたのは、ぜんざいの入ったお椀と天塩皿に乗ったキュウリの塩漬け。ぜんざいは、たっぷりの汁の底に小豆が沈んでおり、紅白の白玉だんごがふたつ浮かんでいました。このたっぷりの汁が極甘で、その反面、底に沈んだ小豆には風味があるとはとてもいいがたく、ちょっと期待はずれでした。

とはいえ味覚は人それぞれ、こちらのぜんざいがお好きな方もおられることと思いますので、「日本ぜんざい学会壱号店」さんあくまで私の私見ですからお許しくださいね。

『甘味処 月ヶ瀬』

PB020387.jpg
(松江・甘味処 月ヶ瀬)
PB020392.jpg(二階はシジミラーメン始めました~♪)
PB020403.jpg(仁多米が重要なんですよね。)
PB020395.jpg(でました~本格「ぜんざい」)

そして松江では、京店商店街にある「甘味処 月ヶ瀬」。甘味処と名打ってあるのですが、なぜかシジミラーメンも提供されていて、これもまた(大丈夫なのか?)少し不思議ではありました。

こちらは蓋つきの汁椀と天塩皿に紫蘇の実の塩漬けがお盆に乗って出て来ました。どうも出雲地方では、ぜんざいに塩気のお口直しがつきもののようです。

お椀の蓋を開けると、目に入ったのは小豆。汁気は少なく、小豆に隠れて餅が2つ入っていました。汁は甘すぎず薄すぎず、小豆の粒の食感もしっかりと感じられ、風味もよいお味でした。餅は島根県の米どころ仁多郡産の仁多米を使用した餅とのこと。伸びもよく食べごたえもあり、満足のいく一品でした。

ぜんざいの美味しさについ、追加で串団子を2本頼んでしまいました。一本は不昧の名前抹茶餡、もう一本は季節の栗餡です。(笑)

PB020408.jpg(2本も頼んでしまいました~(;^_^A アセアセ・・・)

【最後に雑煮と善財!】

出雲地方では、正月の雑煮も小豆雑煮といって、甘い小豆の汁にお餅が入ったものを食べるのだそうです。

これがぜんざいとどう違うのか?みなさんも疑問に思われますよね。しかし地元の人たちによれば、この2つははっきりと区別されているのだそうです。

小豆の汁は同じようですが、中に入っているお餅にちがいがあるようで、焼かないお餅が入っているのが小豆雑煮、焼いてある餅が入っているのが「ぜんざい」なのだそうです。そして、お餅を焼いていいのは、正月鏡開きの後(7日)からなのだそうです。

確かに関西でも正月のお雑煮は焼かないので、それも理解できる気がしましたが、我が家ではおせちは3日間だけだったので、7日は長いですね~。(笑)

【今日の名言】

昨日、松江城の護国神社にお詣りしましたそこの御朱印に一句「散る桜 残る桜も 散る桜」とありました。私右寄りというわけではありませんが、なかなかに良い句だと思いましたね~(笑)

歴史って本当に面白いですよね~!
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